やゆよ記念財団
Internet ASCII連載作品

 

ここには、Internet ASCII誌に掲載された以下の作品をおさめました。

教育世紀末 ―― 日本が崩壊する日

荒らされる地球の海 ── 形骸化する漁獲量規制

破れるか、ネット言葉の壁

薄い時代に生き残れるか

笑え! 株式市場

復活「秘密基地」──見直される教育効果

多様化する通貨政策

ワルが抑えるリスク

  

教育世紀末 ―― 日本が崩壊する日

   

「スタジオに全員がそろったのは、約束の時間を40分も過ぎてから。リハーサルが始まってもやる気のない子が多くて、振付の先生が大声で怒鳴りましたが、『うるせえ、ばかやろう』などと口答えしているありさまでした」

 事件を目撃した演歌歌手マネージャー、高柳達夫さんが証言する。

「動きがバラバラなので、ディレクターがNGを出したら、これが火に油を注ぐ結果になりましてね、『切れる』っていうんですか、スタジオにあった器材という器材をすべて破壊してしまいました。この世界に入ってから40年以上になりますが、暴徒化したスクールメイツを見たのは、あの日が初めてです」

* * *

「学級崩壊」―― 数年前から、生徒が教師の言うことをまったく聞かず、授業が成り立たなくなる現象が全国の教育現場で起きている。そしていま、教師や親たちだけではなく、社会全体がこの問題に対する取り組みを求められている。崩壊した学校を卒業した子どもたちが大人になり、これまで絶対視されてきた社会のシステムや常識の受け入れを拒否しているためだ。

 早稲田大学教授の岡本晴樹さん(教育学)は、「スクールメイツから努力や清純を連想するのは間違い。学校が変われば、スクールメイツも変わる。今後、学級崩壊がさらに進行すれば、スクールメイツの行動も一段と過激になり、最終的に破防法が適用される可能性もある」と指摘する。

* * *

 防衛大学校の研究者が昨年11月上旬、北富士演習場である実験を行った。敵軍と戦闘中との想定で原野に派遣された10人の陸上自衛隊員は、連日の雨や食糧不足といった悪条件の下、作戦を忠実に遂行していたが、突然、統率が完全に崩れた。仲間割れ、同士討ち、敵前逃亡……。上官の命令は隊員の右の耳から左の耳に抜けるようになった。

 隊員たちを変えたのは、消しゴム爆弾だ。空中で爆発した消しゴム爆弾は、100メートル四方に直径7ミリの消しゴムの粒を100万個以上まき散らす。長期間、極限状態に置かれていた若い隊員たちは、消しゴムがヘルメットに命中した途端、反射的に「誰だ、オレに消しゴムぶつけたのは」と激怒し、敵味方の区別ができなくなってしまう。この実験に参加した隊員は、いずれも体格のいい元いじめっ子。消しゴムをぶつけた経験は豊富でも、ぶつけられた経験はなかった。

 有事のさい、現代っ子の自衛隊員が前線で「防衛崩壊」を引き起こす可能性は充分にある。これまでの研究によれば、消しゴムのほか、分母が違う分数の足し算、黒板に残された「××の口は臭い」という落書きが、交戦中の「マジギレ」の引き金になりうるという。

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 学級崩壊の原因は何なのか。21世紀の日本社会を、崩壊から救う方法はないのか。教師や研究者の努力にもかかわらず、明確な答えはみつかっていない。ただ、現在の教育が知識や技術の詰め込みを優先するあまり、情操教育をないがしろにしてしまったとの見方で、彼らは一致している。

 理想的な教育環境が、まだ日本に残っていた。岡山県北部の山村にある小学校の校庭。オルガンの伴奏に合わせ、全校児童10人が「メダカの学校」を歌う。その歌声は、数百人が学ぶ都会の小学校よりも大きい。

 低学年がハーモニーを乱せば、先生が何も言わなくても、高学年がていねいに教える。「陰湿ないじめは、ここにはない。親のコミュニティがしっかりしているから、登校拒否や落ちこぼれの余地もない」(校長)。学級崩壊への処方箋は、近くを流れる川の中まで響きそうな、元気な歌声に隠されているのかもしれない。無論、メダカの学校がすでに崩壊し、死のお遊戯が繰り広げられていなければの話だが……。

1999/1/15

  

荒らされる地球の海
形骸化する漁獲量規制

   

 グリーンピースの船に同乗し、北大西洋の波に揺られること二週間。あきらめかけたころ、舳先に立っていた見張り役が叫んだ。

「出たぞ、西の空にいる!」

 巨大なUFOからはピンク色に輝く「触手」が海のなかに伸び、一匹、また一匹と丸々と肥えたクロマグロを呑み込んだ。それから三時間。捕獲されたクロマグロの数は五〇〇匹以上に達した。これがいま、日本の遠洋漁業を根底から揺るがしている「イソギンチャク漁法」だ。

* * *

 クロマグロは体長三メートル、重さ四〇〇キロに達するマグロの王様。しかし長年にわたる乱獲の結果、北大西洋のクロマグロは、一九七五年から九二年にかけて一〇分の一に激減した。ほかの種類のマグロも減少が激しく、すでに厳しい漁獲量規制が導入されている。

 にもかかわらず、日本のスーパーマーケットでは今日もマグロの刺身が大量に売られている。地球人の法律や条約に縛られない宇宙人遠洋漁船の操業が、野放し状態になっているためだ。

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 魚座β星遠洋漁船団(β船団)が漁業関係者の間で初めて注目されたのは一五年ほど前のこと。まず、豊富な経験をもつ複数の日本人漁労長をアブダクトし、季節や時間、天候に応じて大きく変化するマグロの回遊位置を把握したらしい。

 フィリピン・ミンダナオ島の漁村では最近、一〇年以上前に姿を消した漁民が、当時の若さを保ったまま、元気に家に帰ってくる不可解な現象が相次いで報告されている。β船団が、低賃金の船員を現地採用している可能性が高い。

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 南氷洋で、シロナガスクジラが捕獲される様子を目撃した。呼吸するため海面に浮上した大きな灰青色の背中に、上空で待ち伏せしていた小型のアダムスキー型UFOが反重力ビームを照射した。全長三〇メートルの体は軽々と持ち上げられ、雲の中に消えた。大気圏外で待つ葉巻型母船の内部で解体・加工されるのだろう。

 グリーンピースの活動家が、シロナガスクジラが高度な知能と社会性をもっていることを拡声器で説明したが、捕鯨中止の気配はまったくない。宇宙人研究家の砂岡一雄さんは、「彼らの社会では、背中から潮を吹くことが口論相手の母親に対する最大限の侮辱なのかもしれない」と指摘する。

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「宇宙人の手を経た食材、経ていない食材があったら、迷わず後者を選びましょう」――魚の安全性についての特集を組んだ『暮らしの手帖』九八年冬号の結論だ。

 『暮らしの手帖』では、β船団が捕獲したと思われる魚をスーパーや魚市場で購入し、研究室で鮮度、味、成分を徹底的に検査した。その結果、理論的には存在が予言されていたが、実験ではまだ観測されたことのなかったヒッグス粒子が、マグロやブリから検出された。京都大学理学部の根本英治教授(素粒子物理学)は、「人体に吸収された場合の影響など、考えたこともない」と不安な面もちで語る。

* * *

 豊かな地球の海で大量の魚やクジラを捕獲しているβ船団。将来的に規制の網が地球外生物に広げられることを予想してか、すでに星間食材輸出入事業にも参入している。

 某大手スーパーでは昨年末から、関東圏の店舗に限り、鮮魚売場で「ヒメマグロ」刺身の試験販売を行っている。「味や歯ごたえ、舌触りはクロマグロの最高級トロに匹敵する」「一パック二五〇円だから毎晩でも買える」「刺身の味にワサビに似た辛さが含まれているのがおもしろい」と、消費者たちの評価は上々だ。「ヒメマグロ」が魚座β星人の大腸に棲む寄生虫で、地球のワサビが「ヒメマグロ」によく効く下剤であることは、近くパッケージに明示される予定。このスーパーでは、消費者の反応を見極めたうえで、本格的な販売を行うかどうかを決めることにしている。

1999/2/8

  

破れるか、ネット言葉の壁

   

「いいですか、セールスにはセールス用の話術というものがある。夜の接待では、別の言葉遣いが必要です。翌朝、接待の成果を上司に報告するときには、また口調が変わるでしょう。同じ理由で、『ホームページ』と書いてはいけないのです。さあ、ポイント数を最大にして入力してみましょう。『ほ〜むぺぇじっ』と!」

 都心のパソコンスクール。「まいほ〜むぺぇじつづり方教室っ!!!」はいつもネクタイ姿のサラリーマンで満員だ。一度はネットライフの夢に破れた男たちが、真剣な眼差しで、講師に言われた通りキーを叩いている。

* * *

 興味深いデータがある。秋葉原の家電量販店、ビックリ無線は昨年12月以降、通信販売で「これなら簡単! らくらくインターネット・パソコンセット」を9480人に売りさばいた。1週間以内の返品者は2660人。このうち2285人までが、返品の理由に「言葉の壁」をあげている。

 中堅製薬会社の総務部長、山村伸吾さんも、「言葉の壁」を破ることができなかった。山村さんが勇気を振り絞り、あるWeb掲示板に初めて書いた自己紹介は「拝啓 貴掲示板ご一同様にはいよいよご隆盛のこととお喜び申し上げます。さてこのたび…」で始まり、「敬具」で終わる823字。掲示板の「ご隆盛」はその後も続いたが、山村さんは完全に黙殺された。

「インターネットを楽しむためには、書き言葉や話し言葉ではない、ネット言葉を操る必要がある」と、コンピュータ社会における日本語の変質に詳しい学習院大学の坂上孟助教授は指摘する。

 ネット言葉の特徴は、「ホーム」→「ほ〜む」、「ページ」→「ぺぇじ」に代表される表記のぶれ、「^^;」「」といった顔文字の多用、そして、単位文字量当たりの通信コスト激減に対応した意味の薄さである。これまでパソコンで作成してきた社内文書とは全く違う言葉の洪水に、多くのサラリーマンが戸惑っている。

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 ネット言葉が、今後、どのように変化していくのかを予測するのは難しい。ひとつだけ確かなのは、話し言葉や書き言葉との量的な差が急速に拡大しているということだ。サーチエンジン、「Infoseek Japan」で検索すると、「ぉぉぉ」を含むサイトは3483ヶ所。「ぉぉぉぉ」「ぉぉぉぉぉ」「ぉぉぉぉぉぉ」と長くなるにつれ、該当サイトは2324ヶ所、1298ヶ所、857ヶ所と減少を続け、10個の「ぉ」では32ヶ所だけとなる。ところが、まるで理性の呪縛から解き放たれたように、それからは11個が68ヶ所、12個が898ヶ所、13個が4301ヶ所と、爆発的増加に転じる。「ぁ」「ぃ」「ぅ」「ぇ」「っ」「〜」の連続文字列についても、同じ傾向が見られる。

 これらの連続文字列を10.5ポイントのフォントで一列に並べて印刷すれば、総延長は1億2000万キロメートルに達する。今年末には太陽に届く勢いだ。しかも、文字列の意味は限りなく真空に近い。

* * *

 今日も多くの人々が、ネット言葉の壁に阻まれ、挫折感をかみしめながらモデムの電源を切っている。その一方で、少数ではあるが、多大な犠牲を払いながら壁の向こうに足を踏み入れた人もいる。

 都立高校の国語教師、川原文夫さんは最近、個人ホームページのタイトルを「川原現代文学館」から「かわりんどぅぅぇぇ〜す」に変更した。若いころは純文学の作家になることが夢だった川原さん、タイトルを変更すべきかどうかで3ヶ月悩み抜いたが、いまでは正しい決断を下したと確信している。それまでは常に空だったメールボックスに、同じ悩みを抱き、同じ道を選んだ仲間から激励のメールが数多く寄せられたからだ。

 川原さんは目を潤ませ、インターネットの初心者たちに訴える。「ホームページに記された『★』や『☆』の数だけ、作者の葛藤があるということを、どうかわかってほしい」

1999/3/31

  

薄い時代に生き残れるか

   

 KOKESHI 21X――いま、山形県内のこけしメーカー150社余りが、21世紀に向けた大型プロジェクトを推進している。目標は、断面がだ円形のこけしの生産技術を確立すること。長い間、完全な円が理想の断面とされてきたこけしの世界では、革命ともいえる動きだ。

 だ円こけしは、普通の木工用旋盤では作れない。業界が団結して巨額の設備投資を行い、原子力潜水艦用スクリューの製造などに使われる多軸式工作機械を導入する必要がある。

「円柱こけしだけを生産していては、生き残りは不可能だ」。社団法人日本こけし協会の野崎原之助専務理事が抱く危機感の背後には、プラズマ、液晶表示装置の急速なコストダウンがある。これらの技術を活用した壁掛けテレビが一般家庭に普及すれば、断面の直径がテレビの厚さを上回るこけしは、押し入れ送りになる可能性が高い。

* * *

 台湾では今年後半から来年にかけて、日本からの技術移転を受けたTFT液晶パネルの工場が相次いで稼働する。一方、日本の家電各社は、より大型のテレビに適したプラズマディスプレイパネルの本格的な量産に向け準備を進めている。1998年、全国のお茶の間ではテレビの上に523ヘクタールもの平面が広がっていたが、2020年には200ヘクタールを切ると予測する家電業界関係者もいる。ビデオ、家具などの周辺製品がテレビとともに薄くなることを考えれば、影響はより深刻だ。

 こけし業界に続き、北海道の木彫り熊業界も最近、今後は四つん這いタイプの出荷比率を抑制し、主力商品を仁王立ちタイプとすることを決めた。会津若松の赤べこメーカーの団体は、モデルの牛を二本足で立たせる動物実験を開始したが、製品化のめどはまだ立っていないという。

 テレビの薄型化を歓迎している人たちもいる。市民団体「ヤングミセスのネットワーク」によれば、テレビの奥行きが3センチ以下になれば、掃除が容易になるため、姑が行う指先ホコリ検査で嫁が不合格となる確率が、従来型テレビのおよそ6分の1に低下するという。一方、日本姑財団では5月中旬に開いた理事会で、「壁掛けテレビの配達直後、嫁がこれまでテレビの下をまったく掃除していなかった過失を厳しく追及していく」との方針を確認している。今後、両者の抗争が激化するのは避けられない情勢だ。

* * *

 テレビ薄型化の影響を受けるのは、テレビの外側だけではない。放送される番組の内容もまた、見直しを求められている。奥行きが減った影響で、立体的なストーリー展開が視聴者にわかりにくくなってしまうためだ。

 あるテレビ局が不倫ドラマを使って実験を行ったところ、壁掛けテレビに映し出される登場人物の関係を正確に把握している視聴者の比率は、主人公の人妻・直子が夫だけを愛しているときには98%、大学時代の同級生と再会した時点で65%、同級生の父親とただならぬ関係になった段階で38%、同級生の父親の部下と恋に落ちた段階で17%、同級生の父親の部下の妻が直子本人であることが判明した時点で、わずか4%だった。このドラマのプロデューサーは、「毎月最初の放送日にはヒロインに写経を義務づけるなど、一定の節制が必要になるかもしれない」と、不安な表情で語る。

 昭和40年代、木目調高級テレビが最も似合う男と言われたベテラン俳優・山村聡さんは、この2か月間、時代のニーズに合った薄型演技を身につけようと、吉本新喜劇に参加して毎日稽古に励んでいる。皮のソファに深々と腰掛け、威厳を保ったまま後方にズッコケてしまうなど、体で覚えた重厚な演技はなかなか変わらないが、山村さんは「これからは奥行きを感じさせない演技もマスターしていかなければ」と意欲を見せる。スーツも一流店のオーダーメイドから、量販店の特価品に変更した。問題は、壁掛けテレビの向こう側にいる視聴者に違いがわかるかどうかだ。

1999/4/29

  

笑え! 株式市場

   

 東証平均株価が前日比250円安となった今年5月19日、いちばん慌てたのは投資家や証券会社ではなく、マスコミの関係者たちだった。「株価、3月末以来の安値水準 見えぬ不況からの出口」──そんな見出しに似合うシリアスな写真を、カメラマンがこの日、1枚も撮れなかったためだ。

 日本橋兜町の東京証券取引所では、4月末で株券売買立会場が閉鎖された。日本経済の繁栄と衰退を手サインと怒号で表現してきた証券マンはいま、コンピュータの画面を相手に淡々と売買注文を出している。彼らに代わり、テレビ番組の収録を笑い声で盛り上げる中年、熟年女性40人が東証ビルのホールに進出した。

 ハイテク企業の利益が見通しを下回ったとの情報が流れると「わはははは」。商社の経営危機説が流れると「わはははは」、米財務長官が辞任すると「わはははは」。市場にもたらされるどんな悪い知らせにも、彼女たちは一定量の笑いで反応する。正月の演芸番組で半ばミイラ化した芸人やネタと向き合ってきたプロの「笑い屋」にとり、決して難しい仕事ではない。

 「市場が常に楽観的な観測に包まれるようになった。ある意味ですごい」と、外資系証券会社のアナリストは東証の変化を評価する。

 人やモノが動いたとき、ニュースが生まれる。ニュースをテレビや新聞で伝えるためには、動きを記録しなければならない。ダイナミックな映像があるとないでは、ニュースとしての価値が全く違ってくる。経済ニュースもまた、例外ではない。資金の動きが見えなければ、資金の動きに関わる人の喜怒哀楽が素材として使われることになる。

 いま、トレーダーや個人投資家の顔が市場に及ぼす影響が注目を集めている。一昨年の夏から冬にかけて、アジアの株式市場で頭を抱えるトレーダーの写真が、世界の新聞に繰り返し掲載された。一橋大学の松沢太一助教授(国際金融)は、これらの写真が外資の流失、さらには連鎖的な通貨金融危機につながったとみている。「市場関係者の顔はいまや、金利、通貨供給量、賃金などと並ぶマクロ経済の基本要素となっている」

 香港の主婦、陳錦華さんは「東洋の真珠をつぶした女」と呼ばれる。1997年10月28日、ハンセン指数は1438ポイントという史上最大の下げ幅を記録した。翌日、ウォールストリートジャーナルの一面には、証券会社のウィンドウの前で呆然と立ち尽くす陳さんの写真が大きく掲載された。多くの読者が、陳さんの沈痛な表情から、ひとつの幸せな家庭の崩壊と、香港経済の衰退を読みとった。そんな解釈が、資本の流出をさらに加速した。

 果たして、当時の解釈は当たっていたのだろうか。今年2月、陳さんは地元の新聞のインタビューで、「競馬で大損したあとだったのよ。株? 証券会社は近所にあるけど、買ったことないわ」と答えている。ちなみに、陳さんの個人的「大損」は日本円に換算して約4000円。香港金融市場が受けた被害は1兆8000億円に達した。

 息子の非行、妻の浮気、こむらがえり……。「悲劇の主人公」として世界各国の新聞に登場したトレーダーや個人投資家、500人のうち、実に87%までがこれらの問題を抱えていたことが、松沢助教授の聞き取り調査で判明している。アジア諸国ではその後、金融当局が取引開始前15分のカウンセリングとストレッチングを義務づけて市場関係者の悩みと痛みを一掃、株価は上昇基調にある。

 アジアの各市場における笑いの大前提は、米国株の高値安定だ。ニューヨーク証券取引所で働くトレーダーの明るい表情を見る限り、近い将来、株価が急落するとは考えにくい。市場の過熱を示すさまざまな指標も、笑顔で受け止められている。ただし、「ワライタケを用いた株価つり上げは、そろそろ限界に近づいている」(消息筋)といった気になる情報もある。

1999/5/31

  

復活「秘密基地」──見直される教育効果

   

 ビルが立ち並ぶ都心の一角に、孤島のようにぽっかりと浮かんだ緑の空き地がある。もともとは立派な庭付きの邸宅だったが、地上げされ、建物が取り壊されてから数年間、放置されたままだ。長い間手入れされていない木々には、深緑の葉が茫々と生い茂っている。

 鉄のフェンスに囲まれたこの空き地で、今年4月ごろから、毎日午後3時を過ぎると木の枝が大きく揺れるようになった。葉に覆われているために内部の様子は見えないが、男の子数人の声が聞こえてくる。

「すでに秘密基地が形成されたとみて、間違いない」

 観察を始めてから14週目、向かい側にあるマンションのベランダで、秘密基地ウォッチャーの柴田紀之さんがつぶやいた。都内で子どもの作った秘密基地が前回目撃されたのは、昭和53年6月。柴田さんの推測が正しければ、「23区内秘密基地絶滅説」が根底から覆されることになる。

 かつて日本全国に存在した子どもの秘密基地は、いま、絶滅寸前の状態にある。高度経済成長期、そしてバブル期には、日本全国の雑木林が住宅地やゴルフ場に姿を変えた。テレビゲームがほとんどの世帯に普及し、男の子は木の上という空想の舞台をもはや必要としなくなった。「11PM」、「金曜スペシャル」の放送終了のため、秘密基地における話題が激減したことが致命傷になったとの指摘もある。

 変化は意外なかたちで訪れた。バブル崩壊の結果、都心には無数の空き地が生まれ、一部ではすでに子どもにとって登りやすい高さまで木が育っている。環境ブームのために、段ボールや廃材を再利用して作られる秘密基地への関心が急速に高まった。一昔前、木の上は危険な場所だと信じる親が多かったが、現在では不用意に長生きするほうが危ないという観念が浸透している。秘密基地を囲む環境は、大きく変わった。

 秘密基地の建設や基地内部での活動は、子どもが社会に出る前の重要な練習になる──柴田さんをはじめとするボランティアたちはそう考え、秘密基地の成長を支えていこうとしている。この5月には近所に学習塾がオープンし、一時は秘密基地の消滅も懸念されたが、柴田さんらの活動の結果、場外馬券売場へと変更され、子どもたちへの悪影響は最小限にくい止められた。なお、秘密基地の「秘密」を維持するため、柴田さんらの活動が常に水面下で進められていることは、言うまでもない。

 「秘密基地での遊びから、私は大切なものを学んだ」と振り返るのは、会社員の堀内誠一さん(31)。小学校5年生のころ、自ら考え出した正義の味方ロボットに成りきった堀内さんは、基地から出撃し、同級生の三木兼介さん扮する「恐山呪縛怪人」を必殺技「スーパースペシャルクラッシャー」で破った。「あの激しい戦いから、何ごとも最後まであきらめてはいけないということを学んだ。それにしても20年前は体がよく動いた」と堀内さん。一方、「あのとき、負けたと見せかけてワシが放った『カマドウマ七千日の詛い』が、じわじわと効いてくるころじゃろう。ムフフフフ」と、プロの呪術師になった三木さんは今日も不敵な笑みを浮かべる。

 新しいゲームソフトの登場、受験勉強、女の子の家で毎週のように開かれるお誕生パーティー……。秘密基地の未来には、幾多の難関が待ち受けている。それでも柴田さんは、現代の子どもたちに夢を託す。「夕日は木の枝に腰かけて眺めるのが一番美しく、ポテトチップスは泥だらけの手でつかんで頬張るのが一番おいしいということを、わかって欲しい」

 秘密基地を作ったのか? 近所の大人にこう質問された子どもたちが、自信をもって「作ってないよ」と嘘をつける時代が、もうすぐやって来るのかもしれない。

1999/7/2

  

多様化する通貨政策

   

「札幌−東京間、片道25,000円を総額50億円分購入していただきたい」

「そ、そんな。急におっしゃられても」

「10枚以上なら15%、100枚以上なら35%オフ。みなさんに損はさせませんよ」

「ううむ、そこまでおっしゃるのなら、仕方がありませんな……」

 しぶしぶ要求に応じたのは都市銀行の頭取たち。場所は日本銀行の会議室。日銀が半ば無理矢理売り込んだのは、飛行機のチケットである。都銀の頭取たちが帰ったあと、日銀幹部は安堵のため息をついた。

「これで、空のデフレはなんとか回避できそうだ」

* * *

 経済成長を維持するためには、充分な量のお金を供給する必要がある。お金が不足している経済は、血のめぐりが悪くなった体と同じだ。そこで日本銀行は、短期金利を前例のない低水準に抑制するなどの方法で、マネーサプライ(通貨供給量)を伸ばそうとしてきた。

 ところが、景気回復の足取りは重い。原因はさまざまだが、なかでも注目されるのが、マネーの多様化。金利低下でお金のめぐりが良くなったとしても、日常生活のなかで大きな役割を果たしている金券が増えなければ、消費に与える効果は限られている。

 そこで日銀では、従来、通貨政策の重要な指標とされてきたM2+CD(現金、預金、譲渡性預金の合計)ではなく、M2+CD+食券+回数券+前売り券+ビール券+お米券のコントロールに主眼を置くようになっている。日銀が無関心なのは、経済波及効果がないとされる図書券だけだ。

 8月初旬には、日銀支店長会議での「食材分野、とくに豚肉と生姜について不況が深刻さを増している」との報告を受け、日銀創設以来初の豚肉生姜焼き食券注入も行われた。食券使用期限の8月末、銀行から食券の転売を受けた企業の社員、その家族、友人などが、某外食チェーンの各店舗に殺到した。突然の生姜焼きブームがマスコミにもとりあげられ、最終的な商機は発行額の100億円を大きく上回ったとみられている。このように、特定分野に対して実行される金券政策は、一国の経済全体に適用される通貨政策よりも、はるかに効率が高い。

7月には、10円玉をモチーフにした額面500円のテレホンカードも発行した。「中央銀行の本分を忘れている」との批判もあったが、マニアがこの珍品に飛びつき、テレホンカード市場が活況を呈したことは否定できない。

* * *

 日銀が注目しているのは、金券だけではない。今年春からは、回転寿司業界の資金繰り支援を目的に、小皿の試験的な発行が始まった。回転業界では古くから、プラスチック製の小皿が通貨や手形に代わる決済手段として用いられている。たとえば、店に食材を納品した業者は、代金を示す小皿を店に置いていき、毎月末に枚数をカウントして、代金の合計を請求する。日銀が回転寿司業界に投入したのは、福沢諭吉の肖像画入り120円皿100万枚。投入前と比べ、資金回転率は24%、角度にして31.5度/分も上昇した。このほか、焼きとり業界支援を念頭に、大蔵省造幣局が新渡戸稲造の微小肖像画入り竹串の開発を進めているとの情報もある。

「誕生日の前にはプレゼントの受け取りを拒否して、代わりに『肩たたき券』を発行するよう家族に求めること」−−日銀が全職員に対して行ったこの通達も、金券政策の延長上にある。しかし、肩たたき券が大量発行された結果、券一枚あたりから感じとることのできる思いやりは縮小する傾向にあるという。日銀職員は意外なところから、金券乱発によって引き起こされるインフレの危険に気がつきはじめたようだ。

1999/8/2

  

ワルが抑えるリスク

   

 東京・丸の内。日本を代表する一流企業が集中するこの地区に、今年の春ごろから暴走族が頻繁に出没するようになった。クラクションをけたたましく鳴らし、数時間にわたって集団暴走行為を繰り広げた彼らは、チェーンを振り回しながらビルの中に入っていく。恐喝や営業妨害が目的なのではない。いまや集団暴走行為は、取り込み詐欺や公文書偽造などと並ぶ典型的な就職活動だ。

 東京都立大学4年の三沢裕一君は、第一志望のテレビ局に就職するため、親の反対を無視して頭をモヒカン刈りにし、全身に入れ墨を彫った。「イッヒッヒッヒッヒ」と陰険な笑いを浮かべたあと、三沢君は21歳の若者らしい素直な表情に戻って言った。「いま、こういう笑いができないと、マスコミ関係には進めないんですよね」

 大学4年生を変身させたのは、有名企業で続発した不祥事だ。経団連の調べによれば、不祥事を起こした社員のうち、88%については同僚や上司が「まじめで仕事ひと筋の人だった。とても信じられない」などのコメントを残している。「事件発生は時間の問題だった」「さもありなん」といった受け止めかたは、2%に満たなかった。

 「本物のワルを揃えれば、のぞきやチカンといった不祥事は減少する。こういう情けない犯罪のほうが、企業イメージに与える打撃は深刻だ。企業はいま、英検1級よりも切り込み隊長を求めている」(経営コンサルタント、森島洋治氏)

 「ワル」の評価が高まっているのは、男子学生についてだけではない。「氷河期」と形容される女子学生の就職活動は、もっと過激な変化をとげた。お茶の水女子大学4年の西園寺百合子さんが企業に送った履歴書は約300ページ。日本全国を巡った逃亡生活の歩みと、顔かたちの変遷が克明に記録されている。

* * *

 警察庁は最近、全国のコミュニティの安全性について報告書をまとめた。千葉県内のある団地に対しては、こんな厳しい評価が下された。

「親子連れはいずれも幸せそう。樹木はよく手入れされ、路上にはごみ一つ落ちていない。広場を吹き抜ける風はいたって爽やか。したがって、凶悪事件発生の危険性が極めて高い」

 警察庁によれば、「平和で幸せな地区」を恐怖のどん底につき落とす事件や事故は、昨年1年間で1578件も発生している。「何となく悪い予感がする地区」の120件、「身の毛がよだつ地区」の35件と比較すれば、事態の深刻さがよくわかる。

 山口登・上智大学教授(犯罪心理学)は、「悪いことが起きると思うと起きず、起きないと思うと起きるもの。好かれたくない異性に好かれてしまうのと一緒」と分析する。

 「危険地帯」の烙印を押された千葉県内の団地では、住民たちが猛反発して交番を取り囲み、石や火炎びんを投げるなどの騒ぎになった。警察署長はこれを「コミュニティ再建に向けた地道な第一歩」と評価している。

* * *

 生命保険業界ではいま、各社が水面下で保険料率の調整に向けた作業を続けている。保険料率引き下げの対象となるのは、従来は高リスク群に位置づけられていた病弱で高齢の人たち。これに対し、「まだまだ働き盛り」の人、「失うにはあまりに惜しい」人については、大幅な引き上げが計画されている。過去の保険金支払い事例を分析したところ、死亡した被保険者のほとんどが、友人や同僚からこのような評価を受けていたためだ。「つい最近、一緒に酒を飲んだばかりなのに……。あのときは元気そうだった。とても信じられない」人については、リスクがあまりに高いため、保険加入が拒否される可能性もある。

 一方、損害保険業界が注目しているのは、空の便の安全性。いまのところ「100%の安全運航に全力を尽くしている」という航空各社の説明を額面通りに受け止めているものの、一部には「『100%』が危険なレベルに近づきつつある」との気になる指摘もある。

1999/8/30

 

 

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