ここには以下の15本の情報が掲載されています。
外来語の言い換え提案
国立国語研究所の外来語委員会が、23語の言い換えについて第5回中間発表を行った。過去の中間発表で言い換え語を提案済みのものについても、より日本人に親しめる表現を盛り込んでおり、定着するかどうかが注目される。
今回の中間発表では、「高揚した状態から安定した状態にゆるやかに移行すること」を意味する外来語の「ソフトランディング」を、「あれ」に言い換えるべきとの考えが示されている。これまで言い換え語は「軟着陸」とされていたが、月面着陸から四半世紀以上が経過して「軟着陸」もなじみが薄れたため、より人口に膾炙した「あれ」が望ましいと判断した。
「ナノメートル単位の非常に微細な技術」を意味する「ナノテク」は、従来の「超微細技術」ではなきく「なんとか」に言い換える案が示された。国語委員会が、実際に「ナノテク」という言葉が日本語の会話のなかでどう使われているかを調査したところ、「えーと、なんとかっていうんだよなぁ」などと言い換えられている実例が数件確認されたためだ。
「ワークシェアリング」、つまり「仕事の分かち合い」の言い換え語としては、「えーと、ここまで出かかっているんだけど」と、自分の鎖骨のあたりを指さす動作の組み合わせが提案された。同じ言葉と喉ぼとけを指さす動作の組み合わせは「デポジット」、同じ言葉とあごを指さす動作の組み合わせは「クライアント」の言い換え語として望ましいとの見解も初めて示された。
今回の中間報告に盛り込まれた表現を組み合わせれば、たとえば「バイオテクノロジーに基づくメディカルチェックをネグレクトしたためレシピエントとドナーの双方がトラウマを負った」は、「いつものあれがこれしてそうなったから、例のホレ、かくかくしかじかになった」となる。
外来語委員会の大野賢二委員長は記者会見を、「過度な外来語の使用は日本語の言語文化の混乱につながるため、今後も分かりやすく普及しやすい言い換えを提案していきたい」との意味を込めた「じゃ、そーいうことで」で締めくくった。
2005/10/13
村上ファンド、国技にも触手
村上世彰氏の率いる投資ファンド(通称・村上ファンド)が、日本相撲協会の年寄株、105株のうち約39.77%にあたる42株を取得していたことがわかった。村上氏が今後、東京証券取引所での年寄株上場を主張する可能性もあり、親方衆は対応に苦慮している。
村上ファンドが年寄株所有数で出羽一門、二所一門などを上回り、筆頭年寄株主になったのは確実。理事長改選時には村上氏が理事長ポストを手に入れられる状況だが、村上ファンドの関係者は、純粋な投資が目的であり、協会の運営に口出ししたり行司の軍配に物言いをつけたりするつもりはないとしている。
北の湖理事長をはじめとする協会幹部は、村上氏側と交渉の場を設けて接点を探る構えだが、交渉が決裂すれば村上ファンドの所有する年寄株がK-1や新日本プロレスなど外部の格闘技団体に転売されるとの観測もある。また、村上氏が大手投資銀行のHSBCを通じて、米プロレス大手のWWEに対し年寄株の転売を打診しているとの情報もあり、さじき席では今後の交渉の行方によっては力士の国際化に続いて角界資本の国際化が一気に進展するとの見方が広がっている。
向正面の武蔵川親方(元横綱三重ノ海)が注目するのは、ほかの村上ファンド系企業との提携の可能性だ。「たとえば大阪府立体育館まで線路が敷かれ、3月場所の土俵に阪神電鉄の通勤電車が上がれば、横綱大関陣を蹴散らして電車道を突き進むのは確実でしょうね」
2005/10/13
地球温暖化で57年ぶりの異常事態
最後の打者のバットが宙を切った。ゲームセット。その直後、太平洋に浮かぶ珊瑚礁の国ツバルでは、モミファツ・ヘンガポンカ首相が舌打ちして、NHKの衛星放送を映していたテレビを消した。
ツバルの標高は最も高いところでわずか2〜3メートル。現在のペースで海面上昇が続けば、今後数年で国土の大半が水没する。全国民の他国への移住が真剣に論じられるほど、この国にとり地球温暖化は深刻な問題だ。
「あの椰子の木。あそこには5年前まで小島があったのに……」
ヘンガポンカさんが指さした先には、海の中から突きだしている椰子の太い幹があった。海面上昇でツバルの領土が少しずつ浸食されている証拠だ。
地球の温暖化が、ツバルの島民や世界中の研究者が考えていたよりもはるかに速いペースで進んでいることを示すニュースが日本から飛び込んできたのは、昨年の夏のことだった。
「ホッカイドウの高校生が、コウシエンで優勝したらしい」
外務大臣から報告を受けたヘンガポンカ首相は、背筋の凍る思いがしたという。同時にそれは、かねてから恐れていた事態でもあった。
日本スポーツ界最大のイベント、全国高校野球選手権大会で、真紅の優勝旗は「白河の関」を超えないものとされてきた。過去、数え切れないほどの強豪校が東北地方から甲子園に登場し、敗れてきた。東北のさらに北にある北海道の代表校にとっては、長い間、甲子園で1勝することだけが目標であり、優勝など望むべくもなかった。北海道大学低温研究所の青田信也教授は、北国特有の事情を、こう説明する。
「最大の理由は、北海道の気候だった。冬季に雪が降り、グラウンドが凍結する北海道では、練習時間がどうしても短くなってしまう」
気温と野球の強さの関係を示すデータがある。昭和30年代、北大低温研が行った実験によれば、気温プラス30℃での野球選手の活動量を100とすれば、15℃では65、5℃では23となり、マイナス10℃では8、マイナス40℃では0となる。しかも、いったん0となった活動量は、たとえ気温が再び上昇しても0のままだ。
状況が変わったのは、約10年ほど前から。二酸化炭素濃度の上昇で北海道でも冬が暖かくなった。雪が減り、冬季でも野外での練習が可能になった。駒大苫小牧高校をはじめとする学校の実力は気温に比例するように強まり、その打率、ホームランの数、防御率といったデータは、地球規模の気候変動の証左として世界中の気象学者に注目されるようになった。「2010年代には北海道代表が優勝する可能性を否定できない」――そんな衝撃的な内容の論文も学会誌に掲載された。
そして昨年夏、真紅の優勝旗は白河の関と津軽海峡を超え、初めて北海道に渡った。水しぶきを上げて崩れ落ちる巨大な氷山、海水温度の上昇のために真っ白に変色したサンゴ、そして優勝決定に歓喜してピッチャーマウンドに駆け寄る駒苫ナイン。地球温暖化を象徴するイメージが、一つ増えた。
「ホッカイドウの高校生のがんばりはよくわかる。しかし、このまま我が国が波に浸食されていくのは我慢できない。だから今年は1回戦から駒苫の対戦チームを応援したのだが……」
悔しそうに語るヘンガポンカ首相の抱く危機感は、さらに膨らむ。先進国や経済発展の著しい中国やインドといった発展途上国が地球温暖化ガス抑制に本腰を入れない限り、駒苫の偉業は2連覇では終わらない可能性が高い。一部の野球評論家や気象学者は、温室効果ガスの排出量が早急に1990年の水準に抑制されなければ、駒苫が読売ジャイアンツに勝つのは時間の問題とみる。
今後の駒苫の強さを大きく左右するのは、世界最大の二酸化炭素発生国でありながら京都議定書を批准していないアメリカの出方だ。青田教授は、スパコンによる気候変動のシミュレーション結果をもとに、アメリカにとっても遅かれ早かれ、地球温暖化が「他人事」でない日が訪れると予測する。
「このままのペースで気温の上昇が続けば、ワールドシリーズの覇者が5年以内に駒苫に簡単に負けるかもしれない」
2005/8/21
政府、紫外線対策に本腰
厚生労働省はメラノーマなど皮膚がんの増加を重く見て、皮膚に有害な紫外線の発生源である太陽を完全撤去する方針を固めた。近く医師、生理学者、宇宙飛行士などからなる専門家会議を立ち上げ、2015年をめどに完全撤去を目指す方針だ。
紫外線についてはかねてから皮膚がんの誘因であることが指摘されているが、これまでの対策は日焼け止めを塗る、日差しが強い時間の外出を控えるといった消極的なものが中心で、被害を完全に防ぐことは困難だった。昭和60年代には一部の国会議員が問題の根本的な解決をめざし、太陽撤去法案を提出しようとしたものの、労働界から雇用に深刻な悪影響が及ぶとの反対が出て立ち消えになった。太陽エネルギーの用途が幅広いために、健康への悪影響が軽視されてきたとの指摘もある。
これまで太陽の撤去に慎重だった厚生労働省の姿勢が変化したのは、アスベストの規制をめぐり、旧厚生省、旧労働省、旧建設省などの官僚の「不作為」が批判を集めているため。将来、太陽禍が広がったさいに責任を追及されるのを未然に防ぐ狙いがあるとみられる。
しかし、太陽の撤去が難航するのは必至。作業員の健康被害が懸念されるほか、撤去した太陽の行き先も問題だ。撤去後の太陽は核廃棄物とみなされるため、最終的な処理の方法としてはは大深度地下での長期保管が有力。厚生労働省が水面下で行った打診には大半の都道府県が拒否反応を示したが、一部、温泉街おこしに太陽を利用したいと申し出た自治体もあるという。
2005/8/16
外来生物法、不安のなか施行
6月1日、特定外来生物被害防止法(外来生物法)が施行された。ブラックバスをはじめとする外来生物の駆除への期待が高まる反面、施行の日を不安な気持ちで迎えた人も少なくない。
「こんなザル法では外来生物の侵入は食い止められない」。焦燥感を表情に浮かべるのは超党派の国会議員でつくる「外来生物から日本を守る会」の代表、高坂功参議院議員だ。「このままでは、日本は外来生物に占領されてしまう」
外来生物法の審議の過程で焦点になったのは、「外来生物」の認定方法と具体的な動物の種類。一方、守る会が主張していたのは将来日本に上陸するかもしれない外来生物を駆除する体制の整備だった。
守る会の事務所があるビルの屋上で、高坂氏は青空に向けた双眼鏡を握る手に力をこめた。
「明日、いや今日にだって外来生物がやってくるかもしれない」
一枚のリストがある。「榴弾砲、戦車、対空ミサイル……」。守る会が環境省に提出した外来生物駆除のための装備品だ。備考欄にはこんな一文も見える。「将来的にはわが国も核武装することが望ましい」
強力な火器の導入は結局外来生物法の条文に盛り込まれなかったものの、守る会の政府首脳に対するねばり強い働きかけが実り、環境省の傘下に地球防衛軍が新設された。初代地球防衛長官に就任した小池百合子環境大臣は1日の発足式で、真新しい濃緑の軍服に身を包んで訓辞を述べた。
「ブラックバスに食い殺されたイワナやヤマベの轍を私たち人類が踏まないためにも、地球外生物はきちんと駆除していきたい」
しかし地球に将来侵入する生命体の数、生態、大きさなどは不明のままだ。環境省職員5人からなる地球防衛軍と、捕虫網、注射器、赤いボトルの殺虫剤、緑のボトルの保存液のセットだけで人類防衛は可能なのかどうか、今後も専門家、活動家の間で熱い論議が続きそうだ。
2005/6/5
クレタ人問題で特別委員会
ギリシャ政府は25日、クレタ島民による発言の信憑性を検証する特別委員会の設置を決めた。今年末までにまとめられる報告書の内容によっては、クレタ人のアイデンティティーが根底から覆される可能性もある。
「クレタ人はみんな嘘つきだ」
紀元前500年ごろ、アテナイのエピメニデスによって提示されたこの主張については、約2500年以上にわたって論争が続いているが、エピメニデス自身がクレタ人であったことからまだ決着をみていない。同じころビタゴラスによって提示された「直角二等辺三角形の底辺の長さの二乗は、他の二辺の二乗の和に等しい」との仮説が、その後の徹底的な測定の結果、定理として定着したのとは対照的だ。
クレタ人の誠実さについては今日でも諸説があり、島民の暮らしや経済にさまざまな影響を及ぼしている。たとえば、クレタ企業に対する貸出金利はまちまち。金融機関が「クレタ企業の財務諸表は全部嘘だ」派と「『クレタ企業の財務諸表は全部嘘だ』というのは嘘だ」派に分かれているのが原因だ。このためギリシャの金融市場では、早くから政府に特別委員会の設置を求める声が出ていた。
問題はギリシャ国内だけにとどまらない。1960年代にはアメリカのクレタ系移民団体が「インディアンは嘘をつかない」との見解を示したことに全米先住民協会が「民族の誇りを傷つけられた」と猛反発。両者の間で武力抗争が頻発した時期もあった。
それだけに特別委員会への期待は大きいが、調査が島民の協力を得られるかどうかは未知数。全てのクレタ島民が成人を迎えると同時に行う「ほんとのこと言ったら針千本飲ます」との宣誓が足かせになるおそれも指摘されている。
2005/5/29
ほかにも「粉飾」 カネボウ上場廃止へ
東京証券取引所の臨時取締役会は、6月13日付けでカネボウの上場を廃止することを決めた。総額2150億円の粉飾決算に続いて、虚偽の人生観を掲げていたことが明らかになったため。ブランドに再び傷がつくことは必至で、産業再生機構と取引銀行の支援を受けて進められている同社の再建に深刻な影響を与えるとみられている。
カネボウは1970年代まで「For Beautiful Human Life」というコピーを掲げていたが、粉飾決算が判明したことを受けて経営内容を調査した関東財務局によれば、人間の人生が美しくなる可能性は極めて低く、カネボウの旧経営陣もこれを知っていながら無責任なコピーをマスコミを通じて垂れ流ししていた疑いが濃い。
カネボウは名門の繊維メーカーだが、いち早く経営多角化に取り組み、最盛期には繊維のほか化粧品、食品、石けん、医薬品などを生産していた。コピー通りの美しい人生を信じてカネボウのガムを食べ、薬を飲み、化粧した消費者も多かったとみられるが、その後ユーザーの人生が多少なりとも美しくなったかどうか、カネボウではまったく検証を行ってこなかった。ある栄養士は「ホームラン軒を食べて幸せになれるというのはまったくの夢物語」と切り捨てる。
カネボウの当時の経営陣は、「消費者をだますつもりはなかったが、意味がうまく伝わらなかった面はあるかもしれない。最初から意思伝達を放棄した『ダーバン セレゴンスデロムモデアン』を見習うべきだった」とコメントしている。
2005/5/13
普通の愛じゃ満足できない
「子どもは『お国』のためにあるんじゃない!」
5月のある日曜日、東京の代々木公園で教育基本法の改正に反対する集会が、開かれた。参加者は全国の教員、労組関係者、市民活動家など約5500人。彼らが危機感を募らせるのは、教育基本法を改正して愛国心を教育の現場に持ち込もうとする動きが加速しているからだ。
同じころ日本青年館には約4000人が集まり、教育基本法改正の必要性を強くアピールしていた。
「相次ぐ青少年犯罪も児童の学力低下も、原因はすべて愛国心の欠如だ!」
改正反対派、賛成派いずれの動きも、新聞やニュースによって報じられ、社会の注目を集めている。しかし、同じ日の午後、豊島区内にある小さな公園に400人ほどのグループが集まっていたことを知る人はほとんどいない。スーツ姿、Tシャツにジーンズ、和服、男性なのにウェディングドレス……。その服装からからわかる通りメンバーの顔ぶれはさまざまだが、主張は一貫している。
「愛するだけじゃ満足できない!」
ひときわ大きな声で叫ぶのは、集会を主催した日本異常執着者連絡会議(日フェ連)の代表、鞆田信也さんだ。
「君が代を歌うとか、日の丸を掲げるとか、そんな普通の方法じゃ私たちの日本への愛はぜんぜん表現できないんです」
愛国心をめぐる議論の焦点の一つが、国への愛のかたちだ。日本を愛するとは、天皇を尊敬するということなのか。戦前に日本がとった行動の肯定なのか。それとも「戦後民主主義の成果」の尊重なのか。愛国心は郷土愛の延長線上に位置するものなのか……。
熱い論議が繰り広げる政治家、学者、活動家に、日本に異常執着する人々は完全に無視されている。それだけに、鞆田さんの声には力がこもる。
「普通に愛するだけじゃだめなんです。狂おしいほどに愛さないと、21世紀の日本が抱える問題は解決しません」
日フェ連は昨年秋まとめたパンフレット「フェチ国心のすすめ」のなかで、漠然と日本を大切にするのではなく、地方や分野を限定したうえで深く掘り下げて国を愛するよう提唱している。
日フェ連の創立メンバーの一人、萩誠一郎さんは日本一細長い半島として知られる佐田岬半島の先端から数十メートルの家に暮らす。
「北海道の知床半島、石川県の能登半島、鹿児島の大隅半島。各地を転々としました。地方によって風情はさまざまで、それぞれ魅力があるのですが、やはりこの佐田岬半島がいちばん愛おしいですね」
なぜ佐田岬半島がいいのか、と訪ねた途端、萩さんの頬がみるみるうちに紅潮した。
「この細ながぁいところが、好きっ。好きったら好きっ」
半島の先端、佐田岬では現在、萩さんが25年をかけて集めた2万8000点のコレクションを展示する「ハイヒール博物館」の建設が進む。
「完成すれば、佐田岬半島は一段と美しくなるはず。この地に上陸しようとする敵対勢力は容赦しません」
鞆田さんによれば、日フェ連の会員は現在でこそ少数だが、自らの異常執着傾向に気づいていない人も含めれば、日本の特定の地方を命をかけて守ろうとする人の数は120万人に達する。現在の自衛隊の約5倍の規模だ。とくに奥飛騨には異常執着者が集中しており、予選会が行われるほどの人気ぶりだという。
2005/5/12
スライド式定規、世界各国で発見される
世界各地のメーカーや研究機関の備品室などに、類似した形状のスライド式定規が保管されていることが明らかになった。1970年代ごろまで使用されていたとみられるが、用途や使い方は謎のままで、さまざまな憶測を呼んでいる。
スライド式定規は2本の定規がスライドする構造になっており、別にやはりスライドするカーソルがついている。特徴的なのは、定規に刻まれている目盛りの一部が等間隔でないということだ。
東京都大田区内の機械部品メーカー、横尾産業の設計室でスライド式定規が発見されたのは昨年11月。3代目社長の横尾和也さんが業績低迷と後継者不在を理由に廃業を決め、会社の備品を整理しているとき、ロッカー奥のダンボール箱のなかから見慣れない道具が出てきた。同じ箱に入っていた書類の日付から判断して、1972年前後にしまわれたものらしい。
横尾さんが父親から経営を継いだのは1975年のことで、このスライド式定規は覚えていない。自宅に持ち帰り、今年85歳の父親に聞いてみると、父親は慣れた手つきで定規やカーソルをすべらせ始めた。感触に記憶はあったが、名前と使い方は思い出せなかった。父親がスライド式定規を持って訪ねたかつての部下や同業者も、異口同音に答えた。「ここまで出かかっているのに……」
横尾さんがホームページで情報を募集したところ、全国から発見の知らせが寄せられた。同じようなスライド式定規が、物置や箱のなかで長年眠っていた。知人に依頼してホームページを英訳してもらうと、世界45カ国からメールが届き、この道具が広く世界に分布していることがわかった。
「スライド式定規」とは、横尾さんが考案した仮の名前。「きっと正式の名前があるはず。まずはそれを突き止めたいですね」(横尾さん)。
使い方も、まだはっきりとはわかっていない。自らもスライド式定規を大学の備品室で発見し、横尾さんとともに謎の解明に取り組む東京工業大学教授の瀬川育男さんが注目するのは、電卓登場以前の計算技術だ。
「世界で初めて電卓が開発されたのは1964年。しかし大型航空機の開発、原子力発電所の建設など、大量の計算が必要なプロジェクトはそれ以前にいくつもあった。技術者にかかるストレスは並大抵のものではなかったはず」
スライド式定規は、計算の現場で活躍していたのではないか。そう信じる瀬川さんは、目を細めながら実演してくれた。
「こうやって伸ばしてからカドでトントンと肩を叩くと、とっても気持ちいいんですよ。リフレッシュしてから筆算に取り組んで効率を高めていたのではないでしょうか」
2005/5/10
地理の学力低下、浦安市で深刻
千葉県浦安市の小中学生の82%が、浦安市は東京都の一部と考えていることが明らかになった。地理の学力低下を象徴する現象として、教育関係者に衝撃を与えている。
浦安市教育委員会では今年1月中旬、市内の小中学校で地理の学力調査を実施。このほど結果を公表した。正誤式の質問で「浦安市の南部には『雷山』『空間山』がそびえている」が正しいと答える児童・生徒が78%に達するなど、地理全般について誤答が目立った。
所在地に関する誤解は長い間、千葉県成田市でも報告されていたが、2003年から状況が一変し、現在では小中学生の大半が「成田市は千葉県の一部」と正しく答えられるようになっている。
一方、岩手県では、9割以上の小中学生が「岩手県は中国西南部からネパール、インド北部にかけての高原部にある」と答えることが1960年代から問題となっており、県を挙げての啓蒙活動にも関わらず解決の糸口は見えていない。
2005/3/3
その歌の出自
上総・下総・常陸・信濃……。都から遠く離れた地で無名の人々が素朴な感情を込めて詠んだ「東歌」が数多く収められている万葉集の第14巻。次の歌もまた、作者の名前は現代に伝わっていない。
等夜(とや)の野に、兎ねらはり、をさをさも、寝なへ子ゆゑに、母に嘖(ころ)はえ
「等夜の野」とは現在の千葉県北部の地名。この地でウサギを狙っているかのようになかなか眠らない子だから母に叱られるのですという、親子の慈しみが伝わってくる温かい歌だが、日本消費者連合会の大羽咲子事務局長は「詠み人知らずなんて、まったく信頼できない」と手厳しい。
「トレーサビリティが全然機能していない危険な状態で、エキノコックスに感染しているおそれもある。作物に責任をもつ生産者なら、名前をはっきりさせるべき。『等夜の野』という原産地表示も偽装の疑いが濃い」
22日、東京・渋谷で連合会が「トレーサビリティ全国会議」を開いた。消費者運動家からは、食材の生産者、加工者、流通経路を追跡できるしくみ、トレーサビリティを文芸にも広げていくべきだとの意見が相次いだ。なかでも槍玉にあがったのが、約1300年にわたって作者不明の歌の数々を放置してきた万葉集だ。
「詠み人知らずの徹底排除を」「山上憶良の顔写真と連絡先が掲載されていないのはおかしい」。トレーサビリティの信奉者が壇上で声を張り上げるたびに、場内は拍手に包まれた。
万葉集の歌は、あるときは表意文字、あるときは表音文字としての漢字ですべての音を表記する万葉仮名で記述されているが、連合会の依頼を受けて講演した河野直久国学院大学教授(日本古典文学)は、強い調子で万葉仮名に潜む問題点を明らかにした。
「詠み人知らずの歌では表意文字の比率が高い。漢字がもつ本来の意味が生かされている。つまり中国語の漢詩としても意味が通じるということ。日本語の『歌』に似せた中国製品である可能性も否定できない」
同様の疑念は、童謡の研究者にも広がっている。
大きな栗の木の下で あなたと私 仲良く遊びましょ 大きな栗の木の下で
疑惑の目を向けられているのは歌詞に登場する「栗」。アメリカ産なのかヨーロッパ産なのか、天津産なのか、長い間専門家の論争に決着がつかなかったのは、原産地を尋ねようにも「作詞者」が「不詳」だからだ。
昭和音楽大学の相良友紀助教授(児童音楽教育)は、「実は殻のなかに半分しか入っていないのではないか? 虫に食われて黒ずんでいる栗が多いのではないか? トレーサビリティという概念が登場したおかげで、この歌の知られざる暗黒面にみんな気がついた」と語る。
そしていま、日本人のアイデンティティさえ時代の潮流に呑み込まれようとしている。食品評論家の前崎克郎さんは近く、成田空港から西の空に旅立つ。現地の女性と結婚して、ゆくゆくは国籍を取得する考えだ。
「これまで野菜や肉のトレーサビリティばかり語っていたが、振り返ると自分のトレーサビリティがせいぜい3世代前までしか確保されていないことがわかった。根源まで突き詰めれば、自分を含む日本人の祖先が朝鮮半島から来たのか、カムチャツカ半島やサハリンなど北方から来たのか、はたまた太平洋の島々から来たのか、まったくわからない。人類がどこからやってきたのか、エチオピアの高原でじっくりと考えたい」
2005/2/23
つかめ! ケータイすそ野ニーズ
東京、秋葉原の家電量販店。1階の歩道に面した携帯電話売り場に見慣れない黒い布が陳列されている。「ケータイ用かぶり布」――カメラ・アクセサリー・メーカーのエツミが先月末に発売した新製品だ。販売状況の視察に来た開発部長の大滝孝治氏が説明してくれた。
「携帯電話のカメラはどんどん性能が良くなっているのに、背後から光があたっていると液晶画面がよく見えず、狙い通りの写真が撮れません。そんなときにはこのかぶり布の中に入り、小さな穴から携帯のレンズ部分だけ外に出せば、光を遮断して構図やピント、露出をゆっくり確認することができるんです」
かつて、プロの写真屋にとってはこのかぶり布が必須の商売道具だった。たとえば修学旅行の記念写真。教員や生徒に立ち位置、視線を細かく指示し、準備が整ったところでかぶり布の中に顔を隠してピントや露出を調整してシャッターを押した。かぶり布の内部は、高度な撮影技術が駆使されるプロの世界だった。
その後、撮影器材の技術進歩の結果、かぶり布を見かける機会は減った。状況が変わったのは、携帯電話に搭載されるデジタルカメラが急速に高度化したためだ。「写メール」の画質にこだわるマニアックなユーザー層が生まれ、より理想的な条件での撮影を可能にする昔ながらの道具に関心が集った。
「夏の太陽の下では、1分かぶっているだけで汗だくになるかも。そういう苦労も、マニア心をくすぐるものだと思っています」(大滝氏)
外国の調査会社の調べによれば、2004年の携帯電話端末出荷台数は約6億6000万台に達した。単純な会話の媒体だったころ、世の中にそれまでは存在しなかった新たなニーズを創出していた携帯電話は、やがて、小さな機器のなかに豊富な機能を搭載することで、長い間それぞれの分野で既存の専門機器が満たしていたニーズを取り込んでいくことになる。
最初に餌食になったのは、腕時計だった。携帯電話が常時、液晶ディスプレイの片隅に時刻を表示するようになると、現代社会に生きる者なら必ず持っていなければならなかった腕時計が、「持っていても持ってもいなくてもいいモノ」に格下げされ、出荷量は大幅に減少した。いまでは多くのサラリーマンが時刻を確認するさい、袖のなかから手首を出さず、ポケットから携帯電話を取り出す。
「第二の腕時計メーカーになるかもしれない」。そんな危機感が、産業界の幅広い分野に広がっている。巨大な携帯電話市場に飲み込まれてユーザーを失わないためには、どうすればいいのか。メーカーの模索する道はさまざまだ。冒頭で紹介したエツミは、カメラが携帯電話の一部になるという時代の流れは変えられないと判断して、高度化した一部のデジカメ携帯ユーザーに照準を当てた商品を世に出した。その一方で、斬新な組み合わせで携帯電話端末メーカーに先制攻撃をしかけるメーカーもある。
神戸市内を高台から見下ろす位置に立つ慈恩会播磨灘記念病院。ビルの8階にある人工透析ルームには、14台のベッドが並ぶ。腎臓病などの患者が身を横たえ、血液中の老廃物を腎臓の代わりに機械が濾しとってくれるのを待っている。
病室内に「ピピピ」という着信音が鳴り響いた。ほかの病院と同様、播磨灘記念病院でも携帯電話使用は禁止されている。男性の患者が透析を続けたまま、人工透析機器を持ち上げて耳に寄せた。
「うん。いま、病院に来てるんだよ。夕食はうちに帰って食べるからね」
隣のベッドでは、別の女性患者がもう20分も電話で世間話を続けている。スーツ姿で人工透析機器に向かって株式売買を指示しているのは、証券会社の社員らしい。
医療機器を誤作動させるおそれのある携帯電話を病院内で使ってはいけないという「常識」が、医療機器の総合メーカー、ニプロが人工透析器付き携帯電話を開発する出発点になった。
「それでもこっそりとケータイを使っている患者さんはいるものです。腎臓はともかく、もうケータイなしでは生きられないという人もいるし……。携帯電話機器メーカーが人工透析機能をもたせた機種を開発するのは時間の問題です。それならいっそのこと当社でそういう商品を作ってみようということになったんですよ」(研究開発チーム主査 和田智之氏)
ニプロの人工透析器付き携帯電話は、電磁波を通さないシールドで透析器ユニットを包み込んでいるため、透析の誤動作を心配することなく、存分に長電話することが可能。患者からは退屈な透析時間が楽しくなったといった感謝の手紙が多数寄せられている。ニプロの成功に触発され、医療機器業界では耳鼻咽喉科治療ユニット付き携帯電話、大腸用内視鏡付き携帯電話、生命維持装置付き携帯電話の開発競争が繰り広げられている。この春にはレーザーメス付き携帯電話も登場する見通しで、患者だけでなく医者をターゲットにした新型機種の開発が一気に加速しそうだ。
台所用洗浄機器の老舗、亀の子束子(たわし)では、2003年春、本間正二朗取締役が新製品の開発プランを見て、部下たちを一喝した。
「これではだめだ。やり直せ」
そのイメージスケッチには、本間氏が赤いマジックで走り書きした「NG」の字が残る。アンテナ部分に、長さ2センチ、直径1センチほどのたわしを装着した「たわし機能付き携帯電話」。ある通信機器メーカーの提案に、亀の子束子が乗ったかたちだ。
「見た途端にぞっとしましたね。うちが作るたわしユニットは、デジカメやラジオ、MP3プレーヤーと並ぶ機能の一つに過ぎない。これでは無数のトゲでチクチクと存在感をアピールしても、いつかは埋没してしまいます」と、本間氏は当時抱いた危機感を回想する。
それから約2年。亀の子束子が社運をかけて開発した新製品「携帯電話付き亀の子たわし」が、この3月にも発売される。たわし性能はビビンバ用石鍋の洗浄に使えるほど本格的だ。一見、柄のように見える部分が防水型携帯電話ユニット。ボタンも液晶画面も小さく、携帯電話としての存在感はかなり薄い。「たわしとしても使える携帯電話」ではなく、「携帯電話としても使えるたわし」。従来の青写真と比較すれば、主役と脇役が完全に交代している。
亀の子束子は、携帯電話だけでなく、そのビジネスモデルさえもたわしのなかに取り込もうとしている。「携帯電話付き亀の子たわし」に続いて開発が進んでいるのは、台所の風景を撮影しながら皿を洗える「デジカメ搭載型亀の子たわし」だ。さらに、GPS搭載型、MP3プレーヤー搭載型機種の開発も急ピッチで進む。「最終的には、携帯電話にいま搭載されている機能をすべてたわしに盛り込むのが目標ですね」(本間氏)
亀の子束子の経営戦略は、消費者はどんな評価を下すのか。狙った通り、さまざまなプラスアルファ機能で需要を爆発的に増やすことができるのか。それとも結局は携帯電話の軍門に下ってしまうのか。その運命に、爪切り、靴べら、モンキーレンチ、しゃもじ、セロテープ台、とっくり、灰皿、鉛筆削り業界が注目している。
2005/2/15
警察庁、ながら運転の実態にメス
警察庁は道路交通法の改正案を早急にまとめ、今秋までの国会提出を目指す方針を固めた。昨年11月から始まった運転中の携帯電話使用に対する取締りで、ほかにも数多くの行為が運転中に行われている実状が浮き彫りになったため。「ながら運転」の危険な実態にようやくメスが入りそうだ。
専門家が早急に規制を強化すべきと指摘するのは、運転中の鼻くそほじり。なかなか届かなかった大きな鼻くそに指の先端が触れた瞬間、ドライバーは車の前方に対する注意力を完全に失うといわれ、事故発生の可能性が極端に高まる。年間にどれだけの人命が失われているのか、明確な統計はないが、全国で年に数件報告のある「なにか大きな宝物を探り当てたような表情を浮かべたままドライバーが即死した事例」が、これに該当するとみられている。
運動生理学者からは、運転中のヒンズースクワットも厳しく禁止する必要があるとの声が強まっている。現在、運転中のヒンズースクワットは事実上の野放し状態で、ドライバーが筋力増強に熱中するあまり、前方不注意になってしまう恐れがあるためだ。しかし、仮に道交法でヒンズースクワットが禁止されたとしても、マニアはベンチプレス、ネックスプリング、クマ殺しなど、抜け道を次々と考え出て身体の鍛錬を怠らず、いつまでも警察とのいたちごっこが続くとの悲観的な見方もある。
その一方で、運転中の安全を確保するための新製品開発も急ピッチで進んでいる。稚内市漁業協同組合では昨年冬、ハンズフリー式カニ鍋セットの試験販売を開始した。これまでの運転中のカニ鍋は、ドライバーが下を向くことが多く、同乗者にも危険をドライバーに伝える余裕がないなどの問題があった。同組合の稲葉澄夫理事長は、「ハンズフリー化で、運転中でも冬の味覚を気軽に味わっていただける。おしゃべりをしなくなるので、普通に運転しているときよりもむしろ安全」とアピールしている。
2005/2/2
マーク制定で振り込め詐欺防止
熟練犯罪者で作る日本高度犯罪連絡協議会(高犯協)は、振り込め詐欺など安易な詐欺犯罪の増加を重くみて、「マル犯マーク」を制定し、被害者になりやすいお年寄りに注意を呼びかけることを決めた。振り込め詐欺の被害がお年寄りだけでなく、従来型の犯罪者にも及ぶのを座視していられなくなったかたちだ。
高犯協によれば、振り込め詐欺事件の件数が増加するにつれ、従来型の詐欺、恐喝は減少する傾向にあるという。振り込め詐欺がマスコミに大々的に報道され、犯罪一般に対する警戒感が強まった結果とみられる。犯罪者業界全体でみた振り込め詐欺による収入減は、年間85億円に達するとの試算結果もある。
いわゆる「当たり屋」として前科26犯の実績を誇る加藤邦武さんによれば、仕事がやりにくくなったのは約3年前から。故意に若者の運転する乗用車にぶつかったあと、運転手を脅して親に電話をかけさせても、親は「ははぁ、これがニュースで言っていた振り込め詐欺というやつか」などと言い、治療費や慰謝料の振り込みを拒否するケースが増えているという。加藤さんは「こっちはケガを覚悟して車に飛び込んでいる。素人が安易な振り込め詐欺で客を奪っていくのは許せない」と憤慨する。
美人局の常習犯で、過去10年間のうち半分以上を刑務所のなかで過ごしてきた加藤清美さんも、素人がアルバイト感覚で手を染める振り込め詐欺に我慢がならない様子だ。「昔なら、関係をもったことを会社にばらしてもいいのかと書いて手紙を出せば、すぐにお金が振り込まれてきた。いまは、同じような手紙やメールが何十通も届くので、そのなかから私の手紙を探してもらうだけで一苦労。本物の脅迫であることを証明するためのホログラムを手紙に貼ることも考えている」
高犯協の吉川秋彦常任理事は、30年ほど前から企業を舞台に100億円規模の詐欺を繰り広げてきた。ベテランの目には、昨今の振り込め詐欺が、軽薄な時代の風潮を映し出しているように見える。「我々は数年をかけて準備を整えた。つかまるのを覚悟で、何度も相手と会った。苦労が多い反面、詐欺が成功したときの喜びも大きかった。振り込め詐欺はしょせんニセモノ。我々こそが本物の詐欺犯だ」
マル犯マークは、従来型の脅迫犯、誘拐犯、拘束犯だけが提示できる。ウソの被害や取引などをでっちあげてお金をだましとる振り込め詐欺は、マークの対象外。高犯協では、係員を金融機関のATMや窓口に配置して、お年寄りが多額のお金を振り込もうとしている場合には、マル犯マークの提示があったかどうか、確認するよう薦める方針だ。このほか、脅迫にしっかりとした裏付けがあることを証明する第三者機関の設置も検討している。
2005/01/28
NHK歪める政治圧力
寿永3年2月7日。足がすくむような崖の上から、源義経が平家軍を見下ろしている。のちに「一ノ谷の戦い」として歴史に刻まれることになるこの出来事が、源氏・平家、そして日本の歩む道を変えると、当の義経が意識していたかどうか――。
一方、義経を演じるタッキーこと滝沢秀明には、わかっていた。1年間にわたる大河ドラマの命運は、初回に放送されるこのシーンが、視聴者の心をつかむことができるかどうかにかかっている。「ボクが、単なる顔がかわいいアイドルから、本格的な俳優に変身できるかどうかも、この大河ドラマの出来次第だ」。演出家に指示されるまでもなく、タッキーの表情は自然と引き締まった。
が、タッキーの乗る馬の足元に並ぶ足軽たちからは、生死をかけた戦いに臨む者の心を包んでいるはずの緊張感が伝わってこない。事前にADが口を酸っぱくして注意したにも関わらず、隣の人と談笑したり、カメラのレンズを見据える者がいる。
演出家は舌打ちしながら、ロケの数日前、プロデューサーと交わした会話を思い出していた。
「頼むよ。画面の片隅に少しだけ映っていればそれでいいから。『出さなかったら、国会で予算通さない』ってセンセイが息巻いているらしいんだよ」
一ノ谷の戦いのロケが行われたのは茨城県の高萩海岸。この地域から選出されている自民党の代議士が、後援会の関係者をエキストラで使うよう、ねじこんだらしい。「地元をあげてロケに協力してるんだ。それくらいいいだろう」。はねつければ、郵政族で放送行政にもうるさい代議士が、NHKの予算に難癖をつける可能性は十分にあった。
当初は起用を強く拒否していた演出家も、最終的にはプロデューサーの言うとおりにせざるを得なかった。まあいい。どのみちエキストラたちは、画面に小さくしか写らない。視聴者は、義経の背後で右往左往する足軽など気にしないはずだ……。
演出家は、「義経」の初回が放送されたあと、代議士の後援会が大型テレビを囲んで酒宴を開いたことを知らない。地上波ではぼやけていたが、ハイビジョン放送の画面の片隅には、エキストラがカメラに向かって突き出したVサインが小さく映っていた。その夜、問題のシーンはDVDで数十回にわたり繰り返し再生され、800年以上前、一の谷で平家の軍勢を蹴散らした源氏勢にも劣らない喚声が、そのたびに上がった。
大相撲初場所は、横綱・朝青龍が初日から大関以下ほかの力士をまったく寄せ付けず、初日から危なげない内容で白星を重ね、13日目には早々と10度目の優勝を決めた。
その翌日から、テレビ中継の「主役」が変わった。NHKのアナウンサーは、関脇栃東が10勝目を挙げ、2度目の大関返り咲きを果たしたことを繰り返し紹介した。花を添えたのは14日目でようやく勝ち越してカド番を脱した大関千代大海。強すぎる外国人横綱は、もはや脇役程度の存在でしかない。
大相撲中継担当のチーフプロデューサーに、2人の自民党代議士から前後して電話がかかってきたのは、「この場所も朝青龍には誰もかなわない」との空気が、日本相撲協会やさじき席に広がった10日目の夜のことだった。関係者は、外国人力士を紹介する時間を増やし、日本人力士の説明に力を入れるよう強く要求されたと口をそろえる。
代議士のうち1人は、こう説明する。
「偏っている中継内容と知るに至り、NHKから話を聞いた。中立的な立場で中継されなければならないのであり、反対側の力士も当然、紹介しなければいけない。時間的な配分も中立性が保たれなければいけないと考えている、ということを申し上げた。NHK側も、中立な立場での中継を心がけていると考えている、ということだった。国会議員として当然、言うべき意見を言ったと思っている。政治的圧力をかけたこととは違う」
もう一人の代議士の姿勢は、さらに強硬だ。
「何をやろうと勝手だが、その偏向した内容を公共放送のNHKが流すのは、放送法上の公正の面から言ってもおかしい。NHKは教育テレビでやりますからとか、あそこを直します、ここを直しますから、やりたいと。それで『だめだ』と」
二人は、外国人力士の台頭に焦燥感をつのらせる「日本の前途と大相撲を考える若手議員の会」の幹部。二人の説明はその後、二転三転しているが、あるNHKの幹部は匿名を条件に、「政治家からのプレッシャーは、全盛期の武蔵丸のツッパリに匹敵するものがある」と証言する。
夜6時45分。7時のニュースの開始を15分後に控えたNHK放送センターのスタジオは、いつもと違う緊張感に包まれていた。
「そんなこと、できるわけがないじゃないですか」
放送中のソフトな口ぶりとは打って変わって、その女性気象予報士の声は怒りのあまり上ずっていた。
「そこをなんとか。宮崎県、いや宮崎市の周辺だけでいいんだ。晴れとは言わない。なんとか曇りにしてもらえないだろうか」
強力な低気圧の接近の影響で、九州の明日昼ごろの天気は、大荒れになる可能性が高い。降雨確率は100%。それを曇りにしてくれと、放送総局長がいまにも土下座しそうな情けない顔つきで、自分の娘よりも若い予報士に頼んでいるのだ。
「どうしてなんですか? まず、その理由を教えてください」
「そ、それは……」
明日の午後1時から、宮崎県内で自民党の有力代議士の後援会が、支持者と家族を開いてイモ掘り会を開く。万一、雨になれば求心力が低下しかねない。それでなくても、前回の総選挙では民主党の無名の新人に、数百票差のところまで追い込まれたのだ。「だから、明日はなんとしても晴れでないと困るんだよ。予算のほうはこっちでなんとかするから、よろしく頼むよ」とだけ言って、その代議士は携帯電話を切ったと、放送総局長には言えるはずもなかった。
2005/01/23
