■別れのうた――苦しみよ、さようなら
2002/09/07
西太平洋の米国自治領、サイパン島。太平洋戦争では日本人兵士がほぼ全滅したこの島で、今日も銃声が鳴り響く。島内にある民間の射撃場は4カ所。いずれも、日本人観光客が最大の「得意先」だ。
うち1カ所は、ほかの射撃場とはややサービス内容が異なる。標的は人の形をした看板や同心円を書いた紙ではなく、古くなったピアノ。利用者の8割以上が日本人女性だ。400万円以上をかけて日本からマイ・ピアノを持ち込む人も少なくない。
吉野早苗さんは36歳。6歳のときにアップライトピアノが家にやってきた。週3回のピアノ教室。毎日2時間の練習。おしゃれをして練習の成果を披露する発表会。そんな生活に疑問を感じたことはなかった。吉野さんが子供のころ、女の子にとってピアノは男の子の野球のようなもの。他に選択肢がない時代だった。
「ちっとも楽しくない」。中学に進むころに気づいた。クラスやピアノ教室で一番ピアノが上手な子との差が、そのまま吉野さんのコンプレックスになった。「楽しかったのは、一番上手な子だけだったんじゃないかな」
生活が荒れ始めた。シンナー遊び、けんか、暴力団員との関係、堕胎、麻薬密売、逮捕……。それでもピアノをやめなかったのは、母が「レッスンだけは続けてちょうだい」と涙を流しながら懇願したからだ。コンプレックスはますます大きくなり、泥沼から抜け出せなくなった。
吉野さんはいま、パートで働く傍ら通信制の高校で学んでいる。悪い仲間とは関係を断ち切った。しかし、苦しみだけが残ったピアノの練習はずるずると続いた。ある日、新聞でサイパンの射撃場の記事を見つけ、すぐに電話で予約した。ピアノの輸送費用は、幼いころから厳しい練習風景に心を痛めていた父親が出してくれた。
野原の上に置かれたアップライトピアノ。吉野さんが引き金をひくと、1分間で250発の弾丸が発射され、ピアノは蜂の巣になった。「これを家に持って帰って茶の間に置けば、もう母親もピアノを練習しなさいとは言わないと思う」
* * *
クレーン・オペレーターの田中俊三さん(49)は、昨年から本業と副業が逆転した。この夏地面に落としたピアノは150台以上。本業では犯してはならないミスだ。
ニーズの存在に気がついたのは、2年前の秋だった。大型クレーンでマンションの9階にベランダからピアノを搬入する作業をしているとき、突風が吹いてワイヤーが切れ、40メートルほどの高さからピアノが落下。けが人こそ出なかったが、ピアノは見るも無惨な姿になった。
持ち主であるサラリーマン夫婦は激怒したが、一人娘は「これでピアノの練習をしなくてすむ」と喜び、鉄と木の残骸の周囲で小躍りした。娘がどれだけピアノの練習で苦しんでいたのか初めて思い知らされた夫婦は、最後は笑顔で田中さんを見送ったという。
翌日、ピアノが落下する瞬間を目撃したマンションの住民数人から電話がかかってきた。「うちのピアノも落としてくれませんか」。いずれも、引っ越しのたびにワイヤーが切れてほしいと密かに願っていた女性たちだった。田中さんが電話帳の広告に「ピアノ落としも承ります」と書き添えると、毎日のように申し込みの電話がかかってくるようになった。
大型クレーンでつり下げられたピアノが自由落下し、ピアノの音と鉄のフレームがつぶれる音の混じった奇妙な響きとともに破壊される様子を見て、大部分の女性は満足する。しかし、なかには「私が味わった苦しみはこんなものじゃない」と、不満をもらす人もいるという。田中さんは現在、ヘリコプター会社と交渉しており、早ければ今年冬にも、グランドピアノをつり下げた大型機が三宅島の火口に向けて飛び立つ見通しだ。
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小川はるかさんは、「15年」という目標を立てた。
「5歳から20歳までピアノに苦しめられた。だから、一瞬のうちに破壊するのは甘すぎる。同じ時間をかけてピアノをいたぶっていやりたい」
ピアノの置かれた薄暗い地下室で、小川さんは固い笑みを浮かべる。
数々のコンクールで入賞し、勉強の成績も良かった小川さん。優等生の仮面の下では本人も気がつかないうちにストレスが蓄積していた。友人に誘われて出かけた横須賀で、仲良く並んで歩いていた米軍の白人兵士、黒人兵士、白人兵士、黒人兵士、白人兵士、白人兵士、黒人兵士、白人兵士、黒人兵士、白人兵士、黒人兵士、白人兵士のグループに、無意識のうちに殴りかかっていた。
家族、友人、自尊心……。あらゆるものを失った小川さんは3年前から、地下室でピアノと一緒に暮らす。昨日は彫刻刀でフタに傷を付けた。今日は興奮を抑えるのに苦労しながら、ペンチでピアノ線を1本切断した。明日はドリルで足に穴をあけるつもりだ。
その一方で小川さんは、ショパンのピアノ作品の録音にも取り組んでいる。これまでに自主制作したCDは4枚。小川さんと同じような苦しみを味わった女性たちの間で、音の欠落に比例するように静かな共鳴が広がりつつある。
■菊太・蛍子の再評価進む
2002/09/08
大阪湾を一望する淡路島の小高い丘で8日、松亀屋菊太・蛍子像の除幕式が行われた。昭和30年代前半、体を張った過激な漫才で爆発的な人気を得た伝説の漫才コンビだ。
菊太は昭和7年、淡路島に生まれた。15歳で漫才師を夢見て大阪に移り住み、下積み生活を経て昭和28年、蛍子とコンビ結成。戦後の復興が一段落して人々が新しい刺激を求めていると感じた二人は、どつき漫才を先鋭化させた新しいスタイルで話題を独占。上方お笑い界を代表する人気者になった。
しかし、過激な芸は菊太の体をむしばんだ。歯は抜け落ち、消化器は正常なものが一つもなかった。抗生物質を1日に何本も注射し、出番の直前まで控え室で苦しんだが、舞台に上がれば別人のように明るく振る舞った。
昭和34年、黄金時代は突然終わった。上方お笑い界の長老に、えげつない、難波の恥と批判されたのだ。新聞やラジオも手のひらを返すように冷たくなった。お笑い界から追放された二人は菊太の実家に身を寄せた。昭和38年、菊太は31歳の若さで失意のうちに世を去った。上方演芸史から、二人の名前は完全に消し去られた。
二人に再び注目が集まるようになったのはこの数年のこと。新しい言語表現が作られる過程について調べていたルポライターが、菊太・蛍子のギャグが現在の大阪で子供から大人に至るまで広く親しまれている表現を生み出したことに気づき、雑誌で発表したのがきっかけだ。漫才を記録した貴重なフィルムやレコードも発見され、「常識を打破する高度な芸」「生まれるのが50年早すぎた」といった肯定的な評価が定着した。
舞台上では相棒、舞台を降りれば妻だった蛍子は昭和53年、淡路島の病院で静かに45年間の一生を終えている。身寄りのない蛍子を見舞う人など誰もいなかったが、死の間際、蛍子は看護婦に何度もこうつぶやいたという。
「うち、ちっとも寂しくなんかあらへん。天国に行ったら、昔みたいにお父ちゃんのケツの穴から手つっこんで奥歯ガタガタ言わしたるんや」
フィルムに残った映像をもとに、二人の姿勢を忠実に再現した淡路島の菊太・蛍子像。除幕式のあと、その前で地元の人たちやお笑いファンたちが、半世紀前の漫才を録音したSPレコードに耳を澄ました。菊太の奥歯の響きは、にぎやかで、どこかもの悲しい。
■学歴低下の判断力低下?
2002/09/13
文部科学省の行った調査で、全国の小中学生の学歴が低下しているかどうかを判断する教師の能力が著しく低下していることがわかった。教育界で繰り広げられてきた学力の変化をめぐる論争の決着がようやくつきそうだ。
昨年の調査で「食塩水の濃度」に関する問題を正しく解けた小学5年生の比率は23%と、10年前と比べて2ポイント上昇し、文部科学省は「学力低下を裏付けるデータは得られなかった」と発表した。しかしその後、教師を対象に行われた調査で、同じ問題を解ける教師が56%しかいないことがわかった。この比率が10年前と比較して24ポイント低下していること、不正解だった教師の大半が児童の提出した回答用紙をよく見ずに正解にしていたことから、文部科学省では、児童の学力も大幅に低下しているとの見方を強めている。
今回、同時に行われた調査では、都道府県の教員採用試験担当者の学力も低下傾向にあることが浮き彫りになった。ある県は小学校教員の筆記試験で小学校6年生までで習う漢字とひらがなだけを使うよう義務づけたが、実際には漢字をほとんど書けない受験者だけが合格したという。
今後、識者の間で「ゆとり教育」の見直しを求める声が強まるのは必至。教育評論家の渡辺みゆき氏は「100人のうちせめて75人、1000人のうち975人、10000人のうち9975人が最低限の学力を身につけ、学力のない人間の比率を25%以下に抑えることが必要」と指摘している。
■関空、サービス強化で挽回へ
2002/09/13
利用客の低迷に苦しむ関西空港は、巻き返しを狙って離婚サービスの強化を図ることになった。「成田離婚」と同様、「関空離婚」が定着するかどうかが航空業界や旅行業界の注目を集めている。
空港離婚に関する正式な統計はないが、「離婚と言えば成田。ほかの空港では聞いたことがない」(法務省)。新婚旅行期間中に仲違いしたカップルが帰国直後に離婚することはほかの空港でも可能だが、知名度の低さも手伝って、関空離婚に踏み切った人は一人もいないのが現状だ。
空港を経営している関西国際空港会社は、内外の航空会社や旅行客に利用してもらうためには成田にはないサービスの提供が必要とみている。近く大阪地裁に関空支部の設置を要請して、「日本人」「外国人」に並ぶ「離婚希望者」のカウンターを開く方針。パスポートと搭乗券を提出すれば1分以内に離婚できるようにしたいとしている。
空港の案内カウンターには早くも、この秋から冬にかけて結婚を予定しているカップルが相談に訪れているという。関空会社では、年末年始の繁忙期には混雑する可能性もあり、出発前に手続きを済ませるのが確実と説明している。
関空の「参入」宣言で今後、成田と関空の離婚競争が白熱するのは確実。しかし近隣諸国全体に目を移せば、一度に100人規模の集団離婚式を開催できる体制を整え、離婚ハブ空港を目指す韓国の仁川空港が一歩リードしている。