やゆよ記念財団
>付属図書館 N館

 

ここには以下の15本の嘘が収録されています。

衝動的進化論―異常の果たした役割(改)

左から右に耕すな

遺伝子技術を受精卵に応用

5月1日の人声天語

最近の発言から

人類滅亡までの足跡

葬式まんじゅうに抗がん作用

氷河で大昔の人体を発見

宮大工の内部抗争激化か

インド、成人映画を部分開放へ

問われる余生の意味

日本語忘れる日本人

バケツの安全神話崩壊

いつもと違う秋

「手かざしエネルギー」の実態

  

問われる余生の意味

   

 大分県と宮崎県の県境にそびえる方府山。標高1000メートル足らずの山を、いまこの瞬間に包んでいるセミの鳴き声は、例年の同じ時期より騒がしく、なぜかもの哀しい。357匹――9月1日から13日にかけ、方府山一帯で自殺したセミの数だ。鳥に襲われても逃げないなどの方法で実質的に自ら死を選んだセミは、これをはるかに上回るとみられている。

 セミの幼虫は地中で数年を過ごし、ある夜、地上に出て脱皮し成虫となる。その後約2週間にわたり鳴きつづけ、交尾して子孫を残してから死ぬ。その生きざまはあまりにもはかない。「せめて1年、思うままに歌い、自由に空を飛ぶ生活をセミたちに楽しんでもらいたかった」と、大分農業工業大学の講師、相沢信雄さんは、方府山で捕獲したセミの成虫1000匹余りに栄養剤、ビタミン剤、抗生物質を注射した理由を説明する。

 相沢さんの善意は、セミに伝わらなかった。多くのセミが、せっかく手に入れた1年の余命を自ら放棄してしまうのはなぜなのか。それは、生きる目的を見失ってしまったからに他ならない。通常のセミは約2週間にわたり、文字通り命をかけて鳴き続けるが、延命されたセミは、3週間ほどで熱意を失ってしまう。体力的な問題はないが、バリエーションのほとんどない「歌」に飽きてしまうらしい。それでも、ほかに能がないセミは鳴きつづける。やがて、セミとしてこの世に生を受けた意味を考え始め、自己嫌悪に陥る……。

 充実した余生を過ごすためには、薬品の摂取だけでなく、鳴くという行為を根底から見つめ直す必要がある。しかし、数千万年前から全力で鳴くことだけを要求されてきたセミの成虫にとり、それは容易なことではない。方府山の北側では、ミンミンゼミが「ミン…ミン………ミン」と、一字一句の意味を噛みしめながら鳴くようになったが、何ら意味を見いだせなかったためか、3日後には通常の鳴き声に戻った。西側では、ヒキガエルの門下に入ろうとして拒絶されたクマゼミの存在が確認されている。東側ではツクツクホーシが、鳴き声の基本形とされる「ツクツクホーシ」のほか、「ホーシツクツク」「ツクホーシツク」といった新機軸を打ち出したものの、逆に自己嫌悪を深める結果に終わってしまった。南側では、これまで周囲を気にせずに鳴きつづけてきたアブラゼミが仲間の鳴き声にイライラしたことから乱闘が発生し、5000匹以上が負傷している。

 セミの世界で、「高齢化」が必ずしも幸せにつながっていないことに気がついた相沢さんは、地面の下にいる幼虫の段階でより強力な薬品を注射することを計画している。方府山のふもとに張られた相沢さんのテントの近くには、夜になると多くのセミの幼虫が集まるが、しばらく考えたあと、そのまま地中に戻っていく幼虫がほとんどだという。

1999/9/13

  

インド、成人映画を部分開放へ

   

 インド政府は十月から、これまで厳しく制限していた成人映画の輸入を部分的に開放する。ヒンズー教、イスラム教などの宗教団体からは開放に強く反対する声が上がっているが、インド政府では、二〇一〇年には十二億を突破する勢いの人口を抑制するためには、海外から新たな「文化」を持ち込む必要があると強調、国民の理解を求めている。WHO(世界保健機関)では、輸入に必要な費用の一部を補助する方針だ。

 インド国内での公開が可能になる成人映画は、▽同性愛、▽電動工具を使った行為、▽染色体の数が人間と違う動植物との行為など、題材が受精の可能性を伴わないものに限られる。これまでオーソドックスな方法が大部分を占めていたインド国民の性生活を多様化することで、性行為が子どもの誕生につながる確率を低くするのが狙い。

 これに合わせ、インド同性愛者同盟では近く同性愛者版「カーマスートラ」を編さんする予定。農村や山間部では同性愛の正しい方法に関する説明会を開き、人口抑制に協力することにしている。

 注目されるのは、インドに数億頭いるといわれる牛が今後どのように利用されるか。国民の大部分を占めるヒンズー教徒は牛を神聖視しており、利用は難しいとの指摘もあるが、WHOの関係者は、啓蒙活動で伝統を打破することは充分に可能との楽観的な見方を示している。

1999/9/12

  

宮大工の内部抗争激化か

   

 29日午後3時ごろ、徳島県阿南市にある弥山神社の建設工事現場で作業していた宮大工が、のこぎりで別の宮大工に切りつけ、走って逃走した。切られた人は重傷。徳島県警は容疑者の行方を追うと同時に、宮大工に対する監視を強めている。

 調べによれば、容疑者はユークリッド派に所属する59歳のベテラン宮大工。この日の昼休み、非ユークリッド派の若手宮大工らと談笑していたが、複数の柱の関係をめぐり口論となり、現場の空気が険悪になったという。

 現在、宮大工業界では非ユークリッド派が94%を占めており、戦前まで主流だったユークリッド派は後継者を確保するのが難しくなっている。改築される本殿屋根のほとんどが非ユークリッド式の設計となっていることも、ユークリッド派が危機感をつのらせる原因になっているといわれる。

 今回の事件をきっかけに全国で宮大工同士の抗争が激化するのは確実。状況次第では、非ユークリッド派内部の二大組織、ボヤイ・ロバチェフスキー組とリーマン組の全面対決に発展する可能性もある。

1999/8/29

  

氷河で大昔の人体を発見

   

 8月24日、カナダ北部の氷河で、数千年前のものとみられる先住民の人体が見つかった。当時の生活をさぐるうえで極めて重要な手がかりとして、専門家らの注目を集めている。

 氷の中から掘り出された大昔の人体としては、1991年にイタリア北部で発見された通称「アイスマン」が有名だが、今回の人体の保存状態は「アイスマン」よりもさらに良好。現在でも背中のあたりにまだ温もりが残り、筋肉は柔軟性を保っている。両肩の筋肉は比較的固かったが、これは当時の人々が重労働を強いられていたためではないかとみられている。

 口にはまだ、この先住民が死の直前に食したとみられるニンニクの匂いと、ニラの繊維が残っているという。研究にあたっているブリティッシュ・コロンビア大学のカーク・エドモンド教授(人類学)は、「当時の食生活の内容と、歯磨き習慣の欠如がよくわかる」と指摘している。

 また、この先住民が首に下げていた牛皮製の袋のなかからは、近くの川を丸木船で渡るようすを描いた木の札が見つかった。この川では1840年代から小型のフェリーが運航されているが、それ以前は丸木船が地元住民の足として活用されていたらしい。定期券の図柄は現在でも、川を渡る丸木船だという。

 周囲の状況から、この先住民は道に迷って凍死し、そのまま氷河に閉じ込められてしまったのではないかとみられている。眉間にしわを寄せた顔は、数千年前の死の苦しみを生々しく表現しているが、研究者が足の裏をくすぐると微かに笑うこともあるという。

1999/8/27

 

  

葬式まんじゅうに抗がん作用

 

 熊本医科大学の研究者グループが、葬式まんじゅうに抗がん作用があることを突き止めた。今後、葬式まんじゅうを用いたがん治療に道を開く可能性もあり、医師らの注目を集めている。

 17日に東京で開かれた学会でこの研究結果を発表したのは、宗田教授、村野助教授らのグループ。宗田教授らによれば、親戚や友人、恩師や上司の葬儀に出席し、葬式まんじゅうを持ち帰って食べた人は、それから1年間にわたり、がんの発病率が同じ年齢、性別の人の平均値と比べて半分程度に低下するという。

 とくに、長時間にわたり正座して血行が阻害された状態で線香の煙を吸い込み、しばらくして頭から塩化ナトリウムを振りかけられた人については、著しい抗がん効果が認められた。菊の花の香りの成分と葬式まんじゅうの相乗効果についても、現在、研究が進んでいる。

 閉鎖された研究室内でも葬式まんじゅうを用いた実験が行われたが、効果は確認できなかった。さまざまな条件が重なって、葬式まんじゅうははじめて効果を発揮するらしい。宗田教授は、「知人の死が前提条件なのではないか」と指摘している。

 日本では戦後、がんで死亡する人が増加する傾向にあるが、その原因については食生活の変化、ウイルス、運動不足などさまざまな説があった。今回の発見で、医学の進歩による死亡率の低下が、葬式まんじゅう摂取量の減少、さらにはがん患者の増加を招いていたことが明らかにされた。死亡率低下の是非をめぐる論議に一石を投じそうだ。

1999/8/18

  

人類滅亡までの足跡

 

 人類滅亡の2週間前、建設省と日本土木工事業者協会は緊急会議を開き、突貫工事で今年度の公共工事予算を可能な限り消化することを申し合わせた。

* * *

 人類滅亡の9日前、速見優日銀総裁の「景気短観を見るかぎり日本の景気が好転する確証はまったくない」との発言で急落した東証株価は、翌日に人類滅亡が確定して反騰した。

* * *

 人類滅亡前の1週間、東京都庁に電話で寄せられた問い合わせのなかで最も多かったのは「人類最後の燃えないごみの回収日はいつか」だった。

* * *

 人類滅亡の5日前、スーパーマーケット大手のイトー・ヨーカ堂では「最後の売り尽くしセール」を行うと発表、あわせて、これまでの「最後の売り尽くしセール」が不実広告だったことを認めた。

* * *

 人類滅亡の4日前、きんさんぎんさんが「実はあんたには飽き飽きしていた」との衝撃的な声明を発表したが、街の声は「やっぱり」がほとんどだった。

* * *

 人類滅亡までの72時間、大井武蔵野館では急きょ営業を再開し、かすかな望みを託してチャールトン・ヘストンの主演映画を延々と上映した。

* * *

 人類滅亡の36時間前、科学技術庁は、数百年後に高度に発達した生命体が内部に侵入して不測の事故が発生するのを防ぐため、原子力発電所の看板を一律、「国税庁」に変更した。

* * *

 人類滅亡の2時間前、フジテレビは多数の視聴者からのリクエストに応え、「ンガンン」で放送を締めくくった。

* * *

 人類滅亡の1時間前、NHK教育では多数の視聴者からのリクエストに応え、ゴンタくんとノッポさんの「できるかな」で放送を締めくくった。なお、「考える人」のゲスト出演は、本人の強い希望によるもの。

* * *

 人類滅亡の5分前まで、日本各地の旅館やビジネスホテルでは有料チャンネルを利用する人の数が通常とまったく変わらなかったが、5分を切ってからは誰も「有料ボタン」を押さなかった。

* * *

 人類滅亡の3分前、吉野家本部は全国の店舗に対し「うまさと安さを多少犠牲にしてでも、早さを最大限追求するように」との通達を出した。

* * *

 人類滅亡の30秒前から、プロ棋士の大部分は、女流棋士が読み上げる「30秒…20秒…10秒…9、8、7…」の声を思い出した。

* * *

 人類滅亡の瞬間、アメリカでは手をしっかりつないで最期を迎えた夫婦、親子、友人、恋人などが多かったが、人類最後の腕相撲選手権決勝戦もまた、未曾有の盛り上がりを見せた。

* * *

 東京ディズニー・ランドも、カウントダウンや花火で大いに盛り上がった。

1999/7/24

  

最近の発言から

 

 「東京音頭にあわせて、傘を持って踊ること、くらいではないか」

 ――石原慎太郎東京都知事。都として移転を受け入れられる首都機能について。

* * *

「そこはぐっと郷愁を込めないと。『かえれぇ〜、そこくぅの、しまじまよぉ〜』。さあ、3小節目からもう一度歌ってみて……」

 ――インドネシアへの残留か独立かを問う東ティモールでの住民投票を前に、ジャカルタ入りしたボランティアの作曲家、岸しんじさん。

* * *

「投資信託にリスクが伴うなんて全然知らされていなかったのに、契約書でカヌーを作ったら3分で沈んでしまい、危うく死ぬところだった」

 ――日興證券を訴えた個人投資家の千葉四郎さん。

* * *

「アサクサ カイワイ ノ アー ショカ ヲ イロドル ト アー イエバ ナント イッテモ コノ ホオズキ イチ。 アー ジダイ ハ カワッテ モ アー コノ フゼイ ハ ノコシタイ モノデスナア」

 ――東京・浅草で9日から開かれたほおずき市向けに、今年始めて5000鉢のほおずきを出荷した米カリフォルニア州の農家、ヘンリー・ホワイトさん。

* * *

「今年の大晦日、『あの日付表示が変わったら、私は死ぬんだわ』などと女性の若い患者が言い出す可能性が大きいため、前もって医療機器の日付表示の上にはシールを貼っておくことが望ましい」

 ――このほど厚生省がまとめた医療機器2000年問題対応マニュアル。

* * *

「民間の自律的回復の手がかりはまだ見えない。政策効果がより浸透している結果であり、この状況が持続する確信はない。『回復』『上向き』『好転』といった言葉は現時点では使えないが、せめてフォントはPOP体とし、国民の期待に応えたい」

 ――経済企画庁の塩谷隆英事務次官。13日に発表される7月の月例経済報告について。

* * *

「とんでとんでとんでとんでとんで、まわってまわってまわってまわる」

 ――大蔵省財務官に就任した黒田東彦氏。前任者の榊原英資氏に続く「ミスター円」としての今後の方針を尋ねられて。

* * *

 「????????」

 ――「理想の上司」調査と同時に、人事院が今年初めて国家公務員1種試験合格者を対象に行った「日本の理想の社長」調査で1位に選ばれた、タレントの宮尾すすむさん。

* * *

 「……味は最高、値段は手頃。新宿西口歩いて3分。天ぷらなら天吉。昨日も天吉、今日も天吉、明日も天吉……」

 ――10日午前0時ごろ、「スター・ウォーズ エピソード1 ファントム・メナス」の上映前に行われたカウントダウンの終了と同時に、東京・新宿スカラ座のスクリーンに映し出されたコマーシャル。

1999/7/11

  

5月1日の人声天語

 

 毎年の4月、「今年こそは」の思いを胸に、多くの人がテレビやラジオの外国語講座を聞きはじめる。そのほとんどが5月に入らないうちに挫折する。昨日の夜のニュースを見ながら、北沢靖子さんに尊敬の念を抱いた人は、 日本中にどれだけいるのだろうか。

 駒込駅北口の小さな書店できのう午後、北沢さんがカメラのフラッシュを浴びながら、「NHKラジオロシア語講座テキスト5月号」を購入した。34年前に番組が始まってから、5月に入っても受講を継続する人は北沢さんが初めてだ。

 日本語を含め、難解な言語は世界中にたくさんあるが、難しい発音、複雑な文法、治安の悪い留学生用宿舎といった条件を兼ね備えたロシア語は、他の言語を寄せつけない。NHKの調査によれば、放送開始から挫折までの平均日数は、 ラジオ基礎英語1」が42日、「ラジオ中国語講座」が14日であるのに対し、「テレビロシア語会話」は4分58秒、「ラジオロシア語講座」はマイナス3日となっている。

 難解であること自体がロシア語の魅力と考える人もいる。「トルストイやツルゲーネフの作品からロシア語をとってみたら、何も残らなかった」(作家・五木寛之さん)。北沢さんも「ロシア語学習はエベレストへの挑戦のようなもの」と語る。

3歳で始めたラジオ基礎英語を皮切りに、一昨年のラジオアンニョンハシムニカハングル講座まで、制覇は27の言語に及ぶ。昨年1年間は「きょうの健康」で体力を蓄えた。

 しかし、この先には絶壁がそびえている。5月号テキストには、4月号のイワンとミーシャに代わり、高利貸しの老婆とその妹を殺害して罪の意識にさいなまれる聡明な大学生、ラスコーリニコフが登場する。北沢さんは1860年代のロシアにおける インテリゲンチャを苦悩から解き放ち、NHKの仕掛けた関門を突破できるだろうか。すべては5月8日の夜、明らかになる。

1999/5/6

  

遺伝子技術を受精卵に応用

 

 沼袋大学付属病院遺伝子治療臨床研究審査委員会は8日、受精卵のうち、母親の遺伝子を多く含むものだけを選んで子宮に着床させる遺伝子治療の実施を承認した。

 この技術に期待を寄せているのが、日本相撲協会。若貴兄弟をはじめとする多くの二世力士の成功の陰で、父親からの深刻な遺伝に苦しんでいる娘が多いためだ。

 諸岩熊親方(元大関・荒猪波)の長女、青野素子さんは、親方が病気で休んだとき、弟子に胸を貸しても気がつかれないほどの父親似。これまでに25回お見合いしたが、元スチュワーデスの母親と並んで座る影響もあり、いずれも失敗に終わっている。お見合いの席では無口でか弱い女性を演じてきた素子さん、35歳になる今年は、蔵前のペルー沖地震津波と言われた父親譲りのがぶりよりで、一気に勝負をつける決意を固めた。

 角界と同じく美人と結婚する確率が高いとされるプロ野球界でも、この技術が役立ちそう。日本の球界ではこれまで二世選手が父親を上回る成績を残した例がないため、テレビ映りだけを基準に思い切った選別が行われる見通し。開店休業状態の焼き肉屋、不動産売買による巨額損失、選手でもタレントでもない中途半端な人生といった悲劇も、今後は一代限りで終わりになりそうだ。

 申請を提出した医師によれば、計画中の治療では遺伝子を判定し、受精卵の選別を行うだけであり、遺伝子を操作して子どもの顔かたちを変えることは、現在の技術では不可能だという。この医師は、女の子を希望しているプロレスラー夫妻に対しては、今後も養子縁組を勧めると語っている。

1999/4/9

 

左から右に耕すな

 

「左から右に耕すな」―― アラビア語には、こんな言葉がある。実際、エジプト、イラク、チュニジアなどアラブ諸国の畑に行くと、いまでも農民たちが、先端の尖った木製の棒で、右から左に向かって地面を耕している。正確には、棒で地面に字を書いている。

 これが、いま世界の農業学者の注目を集めている「文字農法」だ。地面に文字を書くだけで、土地の水はけと通気性がよくなり、収量が劇的に増加することが、すでに科学的に証明されている。

 方法は簡単。棒で地面にひたすら文字を書く。種をまく。作物はぐんぐん育つ。高価な化学肥料や農業機械を買う余裕のない貧農たちも、必ず子どもたちは学校に通わせる。文盲では食べていくことができないからだ。

 文字農法の歴史は、イスラム教の歴史より4世紀も古い。西暦3世紀には、農地に現在とほぼ同じ文字が書かれていたらしい。現在でも文字農法が行われているのは、中近東、アフリカ北岸のアラブ諸国のほか、イラン、パキスタン、ウルドゥー語を用いるインドの一部、中国の新疆ウイグル自治区だ。トルコやインドネシアでは、西欧化の波のなかで文字農法が忘れ去られてしまった。

 アラビア文字は、貴重な飼料にもなる。毎朝、軒先に書かれる文字には、ニワトリやハト、さまざまな小鳥たちが群がる。ナイル川やチグリス・ユーフラテス川の漁民が、文字を記した短冊を水のなかに入れると、すぐに魚が食らいつく。

 文字農法の効果は、誰もが認めるところだが、そのメカニズムは謎のままだ。イスラム宗教学者は、偶像崇拝を頑なに拒み、文字と土地を大切にしている農民への、アラーからのご褒美と解釈している。

 日本や先進諸国が失ってしまった土地への愛着を、アラブ諸国の農民はまだ持ち続けている。これからも文字農法は代々受け継がれていくのだろう。少なくとも、「地面の文字にオシッコかけるとキンタマが腫れあがる」と彼らが信じているうちは。

 NIFTY-SERVE FCOMEDYS 第11回嘘競演参加作品 お題「文字」

1999/4/1

 

衝動的進化論――異常の果たした役割

 

 前橋市の群馬県立現代美術館で2月中旬、作品の前で全裸になった中年男性のAさんが、公然わいせつ容疑で逮捕された。目撃者らの証言によれば、Aさんは警備員の手で展示室の外へ連れ出されるさい、性的な興奮状態にあったという。このとき展示されていたのは無機的で難解な現代絵画。美術館の関係者たちは、公然わいせつに至った動機がわからないと首をかしげる。

 それは、Aさんにとっても同じだ。Aさんは地元の信用金庫に勤務する普通のサラリーマン。とくに変わった性的な習性があるわけでも、現代美術の偏執的なファンでもない。美術館には、妻の「おとも」としてやって来た。何の気なしに現代美術の展示室に足を踏み入れた。作品のうち一つを目にした瞬間に、心の底から衝動がこみ上げてきた。気が付くと全裸になり、快感に溺れていた……。

「なぜだか、今でもわからない。しかしこのエクスタシーは、誰にも否定できない」と、Aさんは顔を紅潮させて語る。Aさんは法的には不起訴処分になったものの、勤務先では懲戒免職処分を受けた。現代美術全集を書店で買い求めてからは、妻の呼びかけにも応じず、ドアに鍵をかけて寝室の中に閉じこもったままだ。

 Aさんは、決して異常なのではない。ほとんどの人は、特定の条件の下で、他の人は感じない性的な悦びを感じる。その条件は、個人により千差万別。Aさんのような人物が異常と考えられがちなのは、大部分の人が、それぞれにとっての「特定の条件」の下に置かれ、説明のつかない快感に溺れた経験がないからだ。

 日本の食卓に欠かせない納豆。慣れれば美味しいが、慣れるまでには時間がかかる。納豆で苦労したことのない人は、子どものころに大人から「納豆はおいしい」という情報を刷り込まれた。なんら納豆についての知識を持たない外国人が納豆を見れば、食べ物だと思わない。ではなぜ、日本人の祖先は、外国人と同様、それまで見たことがなかった納豆を食べたのか。「腐敗した豆類の匂いから性的な満足を得る人が、突破口を開いた」―― 最近学界で主流を占めている説に従えば、これが結論になる。

 ウニ、毛ガニ、伊勢エビ……。中身は美味だが、外観がグロテスクな生き物は数え切れない。いずれも、最初に食べた人が「変わり者」だったことは容易に想像できる。学術的には、「性的な変わり者」だったという方向に、認識がシフトしているだけなのだ。

 不運な人は、性的な興奮の対象を見つけて、変わり者の烙印を押され、社会から軽蔑されてしまう(Aさんは幸せだと主張しているが)。ほとんどの人は、対象を見つける機会のないうちに一生を終える。幸運な人は、ウニを最初に食べた人のように、ほかの人の行動様式を変え、社会の役に立つ。さらに幸運な人は、倒錯した悦びのために発明、発見をして、歴史に名を残すことになる。

 例えば、オセロゲームの考案者は「白」と「黒」の模様がめまぐるしく変化する情景に、素人と玄人の共同作業を連想したといわれている。ライト兄弟が順番に飛んだのは、一人にだけにいい思いをさせたくなかったからだとの見方が、航空史の専門家の間では定説だ。世界各国で出願される特許・実用新案・意匠のうち9割までが、実際は心理的な「淫具」なのだとの指摘もある。

 生物の世界でも、異常な性的嗜好をもつ個体が進化に貢献したと考える人が増えている。たとえば、なぜ魚は、呼吸が容易でたくさんの食物がある水中を離れ、陸に揚がったのか。

「どんな犠牲を払おうとも、砂浜に寝そべり、一糸まとわぬ肢体を太陽の下にさらすことに悦びを感じた生物がいたとすれば、その気持ちはよく理解できる」(全米ヌーディスト同盟のトーマス・スタンリー会長)

 この説が正しいとすれば、鳥類誕生の理由も自ずから明らかになる。一糸まとわぬ体よりも、色鮮やかで長い羽根で飾られた体に性的な満足を感じる生物が現れた。毎日崖の先端に立ち、真下の湖面に写る自らの姿を見て陶酔していた。ある日、崖が崩れた……。

 空を飛ぶことの快感に溺れる個体が出現するまでに、鳥類の祖先がいったいどれだけ溺死したのか、いまとなっては知る由もない。

1999/3/25

 

日本語忘れる日本人

   

  「『愛媛県』から『えひめけん』への変更が望ましい」

 最近、愛媛県知事の諮問機関である「県名表記変更検討委員会」がまとめた提言の結論だ。委員の一人である地元の大学教授は語る。「理由はただ一つ、ひらがな表記のほうが、わかりやすいから」。

 「愛媛」を正しく読めない人の比率は、県内では昭和53年に8%に達したものの、それ以後は7%以下を保っている。県外でも20%に満たない。一方、漢字で「愛媛」と正しく書けない人は、県内では昭和60年に15%を突破していらい上昇を続け、昨年は75%に達した。県外では90%を超えている。

 表記変更に向けて動き出した地方自治体はいまのところ愛媛県だけだが、新潟県、岐阜県、東京都葛飾区など、難しい漢字やあまり使わない漢字を名前に含む自治体は、いずれも危機感を募らせている。

 「ほかの地域はともかく、我が県だけは大丈夫だと思っていたが、書き取りテストをやってみると、何時間も考え込む若い職員が多かったのでがく然とした」(山口県庁幹部)

* * *

 在日外国人を除けば、日本人の識字率はほぼ100%に達している。いま、国語学者が注目しているのは、日本人の書き字率が過去十数年間にわたり、急速に低下しているという事実だ。

 書き字率とは、成人男女のうち、読むことのできる字の半分以上を手書きできる人の比率。日本ではワープロやパソコンの普及とともに、多くの人が字をどのように書くかを忘れてしまった。

 たとえば「昭和」。平成に入ってから11年が経ち、「昭」の字を正しく手書きできる人は10人に約2人となった。しかも、2人のうち1人は、コンピュータに登録された特殊文字のために、「昭」がへん、「和」がつくりだと勘違いしているといわれる。役所への届け出を頻繁に行う人が、「昭和」を丸で囲むのが正しい書き方だと誤解していることもある。

 一方、電子的に文書を打ち込む場合にも、読みがなは入力する必要がある。このため、読む能力を指す識字率には影響しない。書き取り能力の低下は、自覚症状のないまま静かに進行する。ほとんどの人は、ある日、自分が当然書けるべき字が書けないことに驚く。

 国語研究所付属リハビリセンターの山根愛子研究員は、書き取り能力低下の前兆として、▽電話中のメモをキーボードから打ち込み、紙に書かなくなる、▽誤字脱字を指摘され、「ワープロではこう変換された」と言い訳したことがある、▽「魑魅魍魎」「跋扈」「熨斗」といった難しい漢字を入力したことだけを根拠に、自分は漢字に詳しいと勘違いしている、などを挙げている。

 書き字率低下を加速しているのが、ワープロやパソコンソフトの単語登録機能だ。ほとんどの製品は、ユーザーがよく使う単語を記憶する機能を備えている。この機能を使えば、たとえば「○○物産株式会社」を「かいしゃ」、「東京都中央区丸の内1丁目1番1号」を「じゅうしょ」と登録し、入力効率を高めることができる。

 しかしこの機能は、思わぬ弊害をもたらしている。ペンを持つと、自分の勤務先を「かいしゃ」、電話番号を「でんわ」、住所を「じゅうしょ」としか書けない人が増えているのだ。

 都市銀行に勤務していた32歳の男性は、昨年暮れに退社を決めた経緯をこう振り返る。「毛筆で上司に年賀状を書こうとしたら、何度書きなおしても、課長の名前が『ばーか』、部長の名前が『ばーーか』、社長の名前が『ばーーーーーか』になってしまった」

 このほか、最近ではひらがな書き取り能力の著しい低下も深刻な問題となっている。なかでも難しいとされるのは「ふ」。もともと難易度が高いこの字を正しく書ける人は、日本全国ですでに1000人を下回ったといわれ、教育評論家のなかには、「ふ」の絶滅を防ぐためには書き順の全面自由化が不可欠と指摘する人もいる。

 書き方がにている「め」と「ぬ」、「わ」と「れ」、「ろ」と「る」の混同も頻繁に発生するようになっている。先日、朝日新聞に「社会不安の続く国にも援助を送るべき。衣食足りてわいせつを知る」との投書が掲載されて話題になったが、これは「礼節」の間違いだったらしい。

* * *

 書き字率の低下は、運動能力の低下を反映したものだとも言える。電動鉛筆削りの発売で、ナイフを使って鉛筆を削ることのできる子どもが激減したのと同じように、文字の電子化は、ペンや鉛筆、マジックを使うことができる人の減少を招いた。

 今年4月に文部省が行ったアンケート調査で、「鉛筆を正しく使うことができますか」との問いに「いいえ」と答えた人は44%。「はい」と答えた人のなかにも、鉛筆に改造を加え、占いや護身の道具として使っている人が多かった。

 6月には、人差し指鉛筆回しの人間国宝、六角屋菊次さんが86歳で死去した。筆記用具がほとんど使われなくなったこと、回転用パソコンやワープロの開発にメーカー各社が消極的であることを考えれば、1秒8回転という六角屋代々の芸が断絶したのは、当然の結果と言えるかもしれない。

 書き字率の低下もまた、コンピュータの普及という時代の潮流を反映している。しかし、何らかの理由でコンピュータが使えなくなったら、字の書き方を忘れてしまった人々はどうなるのか。

 消防庁は、地震などの緊急災害でコンピュータが使えなくなれば、自分の名前や住所、電話番号などを思い出せない人が続出し、都市全体が記憶喪失状態に陥るのではないかと懸念している。このほか、[変換キー]という接点の喪失をきっかけに、ローマ字入力派とひらがな入力派の間で、民族紛争が発生するおそれもある。

 コンピュータ社会における日本語の変化に詳しい評論家の河原文夫さんは、こう語る。「もう一度、小中学生に戻ったつもりで漢字の書き取りを練習するのは難しい。しかし、西暦2000年問題で情報化社会がマヒする可能性が指摘されているいま、せめて自分の名前と住所くらいは手書きできるよう練習しておいたほうがいい。無論、ハンドルやペンネームではなく、実名で」

1999/9/18

 

バケツの安全神話崩壊

   

  6日、全国スーパーマーケット協会は、安全性が確認されるまで、バケツの販売を一時中止することを決めた。

「バケツが犯人と決めつけたわけではない。しかし、消費者の不安はバケツの売れ行きの落ち込みに如実に現れている」(イトーヨーカ堂、中野俊二専務)

 同様の動きが、百貨店や専門店にも広がっている。トイザラスなどの玩具販売店でも、砂遊び用ポリバケツが店頭から姿を消した。

 日本では3400万個、東京ドーム7.8杯分のバケツが使用されているが、バケツが引き起こす事故は平均で年80件程度しかない。しかも、そのほとんどが主婦の手のひび割れだ。「日本のバケツ安全性は新幹線に匹敵する」と指摘する危機管理の専門家もいる。

 ところが、バケツの安全神話はたった1日で根底から崩れてしまった。バケツ業界の団体、日本バケツ産業振興会の山本信夫理事長は、「バケツ犯人説には納得できないが、取扱説明書の注意書きが今回のような状況を想定していなかったなど、我々に落ち度があったことは事実。いまは嵐が過ぎるのを待つしかない」と、半ばあきらめ顔だ。

 バケツをめぐる不安は、市民の日常生活にさまざまな影響を与えている。茨城県教育委員会では、県内の小中学校に対し、生徒にバケツを持って廊下に立つよう命じることをしばらく見合わせるよう通達した。授業中に騒いで廊下に立たされるような生徒なら、バケツを振り回して教室に乱入し、被害を広げるから逆効果と、事情に詳しい人物は指摘する。

 「心配でバケツが使えない。生活は不便になるが仕方がない」と語るのは、千葉市内に住む主婦、大原君恵さん。大原家では事故発生以来、掃除や洗濯はもちろん、朝の洗顔、三度の食事、夜の入浴、休日のキャッチボールのできない日々が続いている。

 一部には、問題はバケツの使われ方にあり、バケツそのものを犯人扱いするのはおかしいとの声もある。しかしこの考えは、さらに恐ろしい結論に結びつく。あらゆる容器が、使われ方次第によっては、恐ろしい事態を引き起こすかもしれない。

「危ないのはバケツだけではない。コーヒーカップ、電気釜、たらい、土鍋、ペットボトル、浴槽、プール……。どの容器も重大な災害をもたらすおそれがある。今後は使用前に、一つ一つの容器の安全性を吟味すべきではないか」(全国ざる連合会理事長、香川良次氏)

 もはやこれは、日本国内だけの問題ではない。被害の規模は容器の寸法の3乗に比例する。大型容器で災害が起これば、近隣諸国にも影響が及ぶかもしれない。今後国際社会では、日本に琵琶湖の管理強化を求める声が強まりそうだ。

1999/10/6

 

いつもと違う秋

   

  透き通るような青空の下、耳をすますと、遠くから秋祭りを知らせる大太鼓の音が聞こえてくる。刈り取りが終わった田で干されている膨大なわらが、今年が記録的な豊作だったことを物語っている。
 敬虔な村人たちは、豊かな実りをもたらしてくれた神に手をあわせて感謝する。しかしその場所は鎮守の社ではなく、村の中央にあるカトリック教会。大太鼓が響かせるラテン系の情熱的なリズムも、日本の秋の農村とは異なっている。

 メキシコ北部のマヒーカ村では、1992年ごろから気候がすっかり変わった。冬には雪が降り、初夏には大量の雨が降り、秋には好天の日が続く。それまでの主力作物、麦はほとんどとれなくなり、村には見渡す限りの水田が広がった。 これまでに、秋の「日本晴れ」が観測されるようになった地域は中南米、アフリカ北部を中心に世界で345カ所。そのほとんどで、日本の農家からイネの苗、肥料、コメ作りのノウハウ、そして農村文化が持ち込まれている。マヒーカ村でも今年、餅つき、田植え、盆踊り、秋祭りなどが営まれた。近くJAマヒーカも発足する予定だ。

* * *

 今年の『犯罪白書』によれば、昨年日本の家庭内で発生した暴力事件は24万5785件。このうち89%では父親や夫が加害者となっているが、注目されるのは、母親、妻、娘、祖母、おばが加害者となっている事件が前年比23%増加したことだ。

 多くの男性が、女性の変化について証言する。

「素直でやさしい人だったのに、次第に気性が激しくなり、少々のことで激高するようになった」(8年交際した女性と別れた29歳の男性)

「50年前に結婚して以来、5年に一度くらいは家出することがあったが、近年は毎月のように怒って家を飛び出してしまい、家庭生活が破たんした」(離婚したばかりの75歳の男性)

「昔と比べて、仕事がしにくくなった。女性の心がまったく読みとれない。お世辞で喜ばせようとすると怒られる。こっちがサジを投げると喜ぶ。心理状態がコロコロと変わるので、対応のしようがない」(29歳のホスト)

 女性心理の変化は、企業や家庭における女性の地位向上を反映している、というのが従来の社会学者や心理学者の見解だった。しかし、ここ数年の変化はあまりに急激だ。「秋の空模様の乱れ方が、女心に映し出されている」――気象学者のこんな説は、今年の秋、残暑の続く街角で、多くの女性が腹を抱えて、人目をはばかることなく大笑いしていたことを思い出せば、俄然現実味を帯びてくる。

* * *

 雑草が生い茂る畑を見つめながら、中山隆さんは唇をかんだ。「こんなことならサラリーマンを続けていればよかったのかもしれない……」

 22年間勤務していた有名企業を退社したのは昨年冬。妻と高校生の息子を説得して埼玉県北部の農村に移り住み、長年の夢だった農民になった。

 数年前から週末ごとにプロの農家の手伝いをし、知識と技術を蓄えた。最初の数年は無理をせずに晴耕雨読の毎日をすごそうと考え、資金も充分に蓄えた。中山さんが語るように、「一時の衝動ではなかった」。

 ところが中山さんは10月下旬に過労で倒れ、2週間入院してしまう。記録的な晴天続きのために晴耕雨読の計画が崩れ、日の出から日没までの過酷な農作業が続いたのが原因だ。妻の加世子さんが屋根から水をまいて無理矢理休ませ、病院に送ったときには、意識が朦朧としていたという。

 この秋、健康上の理由で農作業をあきらめた脱サラ農民は全国で400人以上に達した(東京管理職ユニオン調べ)。そのほとんどが農作業ではなく、晴耕雨読の優雅な毎日に憧れて農民になったとみられている。この秋日本全土を覆った高気圧は、彼らの淡い夢をいとも簡単に蒸発させてしまったようだ。

* * *

 上司から何度注意されても、31歳の会社員、野口栄治さんは遅刻のクセが直らなかった。妻の良美さんは町内会の行事への参加をかたくなに断り続けてきた。小学校3年生の一人娘、響子さんは引っ込み思案で、授業中にはほとんど発言したことがなかった。

 栄治さんの上司や同僚、町内会の役員、響子さんの担任やクラスメートは、そんな野口家の急激な変化に驚いている。栄治さんは毎朝6時から、警備員が会社の門を開けるのを待っている。良美さんは突然町内会長の家を訪れ、来年は是非私が町内会長になりたいと切り出した。響子さんは、何も質問されていないのに元気よく手をあげて、先生を辟易させている。

 「どういう風の吹き回しだろう」――野口家の3人と関わりをもつ人々が共通して抱く疑問を、気象庁お天気相談所の小山俊介首席相談員にぶつけてみた。

 「例年なら秋雨前線が日本を覆うころになっても、今年は高気圧が勢力をなかなか弱めなかった。野口さん宅付近では地形の関係で1年のうち3分の2、東風が吹くが、今年は高気圧のために例年よりも南風の日がかなり多かった。周囲にマンションが建った影響も相まって、強烈な吹き回し現象が生じたのだろう」

 この吹き回し現象は、野口家の命運をどう変えようとしているのか。栄治さんは「将来がどうなるかわからないのだから、考えたってしかたがない。明日は明日の風が吹く」と楽観的だ。お天気相談所に吹き回し現象の今後について質問してみたが、「今年の秋は、予測が成り立たない」とのことだった。

1999/11/8

 

「手かざしエネルギー」の実態

   

 野田健介氏が代表を務める「手かざしエネルギー研究会」に注目が集まっている。野田氏が主張するように、「手かざしエネルギー研究会」は、科学では説明のつかない力で治療を行っているのか。それとも、週刊誌やテレビのワイドショーが伝えているような反社会的な集団なのか。元会員3人に活動の実態を聞いた。

インタビュアー 島木健吾(本紙社会部長)

元会員 Aさん(会社員 45歳)

Bさん(看護婦 28歳)

Cさん(主婦 24歳)

――みなさんは、それぞれどんな病気だったのですか。

A:10年ほど前からひどい腰痛に悩まされていました。入会する1年ほど前から立てなくなり、休みがちになりました。ちょうど会社の経営が苦しかったもので、暗に上司から退社を求められたりして、せっぱ詰まった状態でした。

B:5年前、自動車運転中に後ろから追突され、4カ月入院しました。それから毎日、ひどい頭痛が続きました。薬を飲んだり、整体に通ったり、いろんな方法を試しましたが、まったく良くなりませんでした。入会する直前は、真剣に自殺を考えていました。

C:私は、病気じゃないんですけど。おなかの子どもが逆子だったんです。お医者様はだいじょうぶだって言ってくれたんですけど、主人の母が危ないって何度も言うので、私も心配になって……。

――一部の週刊誌の報道によれば、多額の寄進をした人がいたとか。

A:野田のような人間ですから、それはあったと思います。

B:私もそう思います。

C:許せない話です。

――みなさんは、寄進はしていないんですね。

A:ええ、私には会の正体がわかりましたから。とてもお金を出す気になりません。

B:私もしていません。でも、会に残っていたら、どうなっていたかわかりません。

C:野田みないたケダモノにお金をだまし取られなかったのは、不幸中の幸いでした。たくさんの人が騙されたという話は、私も読みました。とても気の毒です。

――実際の「治療」の様子はどうなんですか。

A:私の場合、野田に症状について簡単な質問をされて、治療室の中央にあるベッドでうつぶせになるよう命じられました。その通りにすると、すぐに患部のあたりで猛烈なエネルギーを感じたんです。何年も続いていた痛みが徐々に消えていくのがわかりました。

B:私は治療室の椅子に座り、目を閉じるように言われました。すぐに、あたたかいというか、充実しているというか、言葉にするのは難しいのですが、とにかく痛みが少しずつ和らいでいくのがわかりました。

C:私も目をつぶっていたのですが、子宮のなかで赤ちゃんがゆっくりと回転するのを感じました。その前にも、赤ちゃんが中で蹴ったりするのはわかったのですが、あの時はもっとはっきりしていて、赤ちゃんの手や足、頭のかたちがわかるような気がしました。

――ということは、詐欺まがいの商法という、週刊誌の報道は当たっていませんね。

A:決して外れているとは限りません。たまたま私は腰痛がなおる時期だったのかもしれない。それを何らかの方法で知った野田が、私の家に配達された朝刊に会のチラシを入れたんだと思います。

B:本当は何の効果もない治療でも、患者の思いこみのために治ったような気がすることは、そう珍しくないそうですよ。

C:百歩譲って、仮にほんの少しの効果があったとしても、そのためならどんなことでもしていいというわけではないと思うんです。

――でも、みなさん、治療を受けたときには、たしかに効果を感じたんですよね。今では元に戻ってしまったんですか?

A:そのときは効果を感じたような感じがしたんです。いまも頭が痛くないような感じがするんです。でもきっと、いつか痛くなるんですよ。

B:一種の催眠術が、いまでも続いているんだと思います。ワラにでもすがりたい気持ちだったので、心のはたらきがどうかしてしまったのかもしれません。

C:ワイドショーに出ていたお医者さんも、こういう現象は科学的に説明できないわけではないって言ってました。怖くて行けないけど、ほかの病院に行けば、逆子のままだって言われるかもしれません。

――みなさんが脱会を決意した直接の理由はなんですか。

A:野田が大嘘つきということがわかったからです。「手かざし」なんてものを真剣に信じていた私が馬鹿に思えてきた。

B:人格を踏みにじるようなことを平気でする男だと、わかったからです。

C:お腹の子が生まれて大きくなって、「逆子だったぼくを、どうやって戻してくれたの」と聞かれたら、顔向けできないじゃないですか。

――では「手かざし」というのは、嘘だったんですね。

A:ええ、あんなのは大嘘です。

B:治療を受けているときには目をつぶっているので、わからなかったんです。他の会員が治療されている様子を見て、怒りがこみ上げてきました。

C:私も「信じられない」って感じで、泣き出してしまいました。すぐに野田に文句を言ったんですけど、開き直るばかりで……。

――何か、隠し持っている機械を使うんですね。

A:いや、そうじゃないんですよ。

B:機械を隠す場所はありません。

C:「こういう仕掛けがありました」って、もし白状してくれたら、そのほうがずっとありがたいです。

――野田氏は超能力者だと、みなさんは思いますか?

A:たしかに普通の人間とは、ちょっと違います。背後にある文字を読んだり、野田が何もないところに座ろうとすると、イスが近づいてきたり……。でも、私たちは、そんなことどうでもいいんです。

B:超能力者だって人間でしょ。だったら、超能力者である前に、ちゃんとした人間であってほしいんですよ。

C:あんな超能力なら、使わないほうが世間のためになります。

――正直申し上げて、みなさんが何に対して不満を抱いているのかわかりませんが……。

A:「手かざしエネルギー研究会」という看板を掲げた以上は、看板に忠実であって欲しいということです。違うのが1文字だけでも、ペテンはペテンです。

B:たとえ善意からでも、たとえ無料でも、たとえ超能力者でも、たとえどんな不治の病でも治せるとしても、患者に尻を向けてズボンとパンツを下ろすのはやめて欲しいと言いたいんです。

C:「尻かざし」が許される社会に生まれたのだとしたら、私はとても悲しいです。

――最後に、野田氏にみなさんから言いたいことはありませんか?

A:「なぜ神様が、私の尻に特別な力を与えてくださったのかわからない」と野田が言っているのを聞いたことがあります。わからないのならやめて欲しい。でないと、私たち患者が「なぜ私は尻に治されたのか」と悩むことになるんです。

B:私は自殺しません。その代わりに、尻に与えられた人生と、このあと何十年も向き合って生きていかなければなりません。できることなら、その重みをわかってほしい。

C:「手かざし」がダメなら、「足かざし」とか、「肩かざし」とか、他にいくらでも方法があると思います。できないというのは怠慢です。私たちが無理を言っているとは思えません。

――どうもありがとうございました。

 @NIFTY FCOEMDYS 嘘競演参加作品 お題「民間療法もしくは健康法」

 1999/11/27

 

 

過去の作品一覧へ

 

the yayuyo foundation