やゆよ記念財団
ここには、以下の15本の嘘が登録されています。
オホーツク海の黒い海面が、白く染まった。どこからともなくカモメが集まってきて、甲高い声でニシンの大群の到来を告げている。
「あそこだ」
沖電気半導体事業部長、平田龍三さんの指示で、漁船がニシンの群れを囲むように網を広げた。
「ヤアレンソウランソウランソウラン、ソウランソウラン、ヤアレンソウラン」
唄にあわせて、漁民たちが網をたぐりよせると、文字通り山のようなニシンがかかっていた。
今日もまた、大漁である。にもかかわらず、平田さんや作業員たちの表情は冴えない。
沖電気、富士通、日本電気、東芝。日本を代表する半導体メーカー各社の大漁旗をかかげて、漁船が次々と港にもどってきた。沖合には韓国や台湾の大型漁船が浮かんでいる。
漁港の近くの加工場では、女性作業員たちが雑談しながら、手際よくニシンをさばいていた。まず、雌雄の選別が行われ、利用価値のないオスは捨てられる。メスの腹は、破裂してしまうのではないかと思われるほどに大きく膨れている。中に入っているのは黄色く塗装された16MビットのDRAMだ。
ニシンが突然変異でDRAMを身ごもるようになったわけでは、もちろんない。半導体メーカー4社が「DRAMニシン化計画」をスタートさせたのは今年1月。メスのニシンの体内に高密度実装された当時、1個8ドル程度だった16Mビットの相場は、現在、約3ドルまで落ち込んでいる。
女性作業員が、化粧箱のなかにDRAMをきれいに並べている。沖電気が御歳暮商戦を直前に製品化した「DRAM詰め合わせ」だ。ただ、これが百貨店の御歳暮売り場に並ぶかどうかは、まだわからない。漁民や作業員の人件費、包装費、輸送費の合計を小売価格が下回る事態になれば、DRAMはウシの飼料以外に、使い道がなくなる。
「今はどのメーカーも辛い時期。それでも、赤字覚悟で乱獲を続けなければ、いつまで経ってもDRAMは値上がりしない」と、平田さんは語る。
かつて、北海道の漁港はどこもニシン漁で栄えた。本州から多くの男たちが働き口を求めてやってきた。「ニシン御殿」と呼ばれる網元の豪華な家が建てられ、地方文化も発展した。
ところが乱獲の結果、ニシンは激減した。ニシンを求めて集まった男たちは、すぐにどこかへ消え、老人だけが残された。しかし、ひなびた港町に、半導体メーカーの関係者たちはDRAM市況回復の希望を託している。
首都圏の居酒屋では、忘年会・新年会のシーズンを前に、DRAMをふんだんに使った新メニューが続々登場している。なかでもイカのDRAMあえは、「コリコリしておいしい」とサラリーマン客などに好評だ。DRAMエキス入り酎ハイも、着実にファンを増やしているという。
半導体メーカーが深刻な豊漁貧乏から抜け出せる日はやってくるのだろうか。平田さんはその日を夢見て、休日になるとギターを抱えて漁港に行き、演歌「DRAMどこへ行ったやら」の作詞作曲にいそしんでいる。
1997/11/27
中国タクラマカン砂漠。日中の最高気温は摂氏50度以上に達し、朝方の最低気温は氷点下10度まで下がるこの地は、生物をまったく寄せ付けない。長安からゴビ砂漠、中央アジアを越え、ペルシャへと向かうシルクロードも、このタクラマカン砂漠を避けるように、北側の西域北路と南側の西域南路に分岐している。
延々と続く砂丘。その真ん中にマスクメロンがかわいい花を咲かせた。あと3ヶ月もすれば、糖分をたっぷり含んだ、たわわな実がなるはずだ。
* * *
地球上で最も寒い場所、シベリア・ベルホヤンスク。この地で越冬する奇特な人間が仮にいるとすれば、毛糸の帽子は必需品である。頭皮が氷点下50度の外気に触れれば、数秒間のうちに脳の毛細血管が凍り付いてしまう。体の芯が凍結するまでに、10分もかからない。
そんなベルホヤンスクで、昨年から一本のバナナの木がすくすくと育っている。場違いなほど鮮やかな緑の葉が、見渡すかぎりの白い雪原からの照り返しをしっかりと受け止めて、立派なバナナの実を育んでいる。本場の台湾やフィリピンでも、これほど太いバナナはなかなか作れない。
* * *
砂漠、ツンドラ、熱帯雨林。人間をかたくなに拒んできた世界各地の秘境で、いま、甘い果実が異常繁殖している。南アフリカ最南端・パタゴニアの白桃、リビア砂漠のイチゴ、オーストラリア・グレートサンディー砂漠の完熟トマト……。現地の植物学者や農業技術者からの報告は、三つの共通点を持っている。まず、果物が極めて甘いということ。第二に、虫食いや病害による被害を全く受けていないということ。第三に、周囲の温度や日照時間の多寡にかかわらず、驚異的なスピードで植物が育ち、花が咲き、果実が膨らむということだ。
* * *
ニューヨーク・ウォールストリート。毎日、数十億ドルもの資金を動かす世界最強の金融センターでは、町並みがわずか1ヶ月ですっかり変わった。地面のアスファルトを突き破って芽を出したマスカットが、ビルというビルの壁に蔓を這わせ、街全体を覆ったのである。黄緑色のマスカットを頬張りながら、アナリストやブローカーは「これまでに食べたブドウのなかで、一番甘い」と口をそろえる。同じころ、東京兜町は巨峰、ロンドンのシティはデラウェアの大豊作に沸いていた。
* * *
地球がおかしい。おかしくしたのは、他ならぬ人間らしい。分かっているのは、ここまでだ。産業革命以来、人間は大量の化石燃料を燃やし、空気中に含まれる二酸化炭素の比率を高めた。それが地球全体の温度を上昇させるとの説が広く信じられているが、確証はない。
そしていま、世界各地で、甘くて高級な果物が異常繁殖している。二酸化炭素との因果関係は、これまでのところよくわかっていない。害虫や病原菌ではないから、一見、人類に害を及ぼす現象ではないようにも思える。残念なことに、この期待は、確かに間違っている。現在のペースで果物の異常繁殖が続けば、水田、小麦畑も果樹園に変わってしまう。飼料の生産ができないから、畜産業も壊滅する。人間は高級な果物しか食べられなくなる。血糖値は上昇する。栄養のバランスが崩れる……。
「温室効果」の行き着く先にあるもの。それは、管理者としての人間が一人もいない、地球という名の「温室」なのかもしれない。
1997/11/27
=写真1= 打ち上げの最中、持参した皺だらけのズボンを船内の壁に押し当て、「重力寝押し」を試みる土井隆雄・宇宙飛行士。
=写真2= 船長に罰として腕立て伏せ20回を命じられ、打ち上げ中の巨大な重力と戦う土井さん。
=写真3= 船外活動の前、念入りに準備運動をして、耳につばを入れる土井さん。
=写真4= 太陽観測衛星スパルタンを箸でつかんで、アメリカ人クルーからやんやの喝采を浴びる土井さん。
=写真5= 船外活動中、おしめのなかに放尿したが、何事もなかったかのように、素知らぬ顔で作業を続ける土井さん。
=写真6= その直後、股間を猛烈なかゆみが襲ったが、何事もなかったかのように、素知らぬ顔で船外活動を続ける土井さん。
=写真7= その5分後、とうとう我慢できなくなり、ちょっと掻いてしまった土井さん。
=写真8= その3秒後、誰か見てなかったかなと周囲の宇宙空間を見回す土井さん。
=写真9= 望遠鏡をのぞきながら大笑いした山梨県在住の天文ファン、島崎浩一郎さん。
=写真10= すべての船外活動が終了したあと、「まだ外で遊びたい」と駄々をこねる土井さん。
=写真11= 船長に罰として片手親指腕立て伏せ5万4000回を命じられた土井さん。
=写真12= 着陸途中、土井さんが「ほら、あそこにO.J.シンプソンの家が見えるよ」と言ったために、左側に大きく傾いたスペースシャトル・コロンビア。
=写真13= しばらく無重力空間で暮らしていたために、アスファルト上にはいつくばったまま記者会見に応じた6人のクルー。
1997/12/7
宝塚歌劇団が来年1月1日、花、月、雪、星に次ぐ五つ目の組を新設する。愛称は「龍組」。正式名称は「阪急一家龍組」となる。宝塚が組を新設するのは65年ぶりのことだ。
宝塚歌劇団では今年、東京劇場の閉鎖を含む大規模なリストラを断行している。その一方で、ストーリーがマンネリ化しているとの評論家からの批判を重視、龍組発足と同時に宝塚では前例がない任侠路線を打ち出すことになった。龍組のトップスターは男役が鶴田浩子、女役が藤潤子、敵役が天津敬子となる。
龍組の初公演は、3月27日からの「仏蘭西残侠伝・炎のベルサイユ」。夫亡き後、一人でベルサイユの賭場を切り盛りする藤と、賭場と藤を手に入れるためには手段を選ばない天津、藤を助けるため一世一代の大勝負をしかける鶴田。そして1789年7月14日、バスチーユ番外地で運命の砲声が鳴り響いた……。藤が鶴田に身の上を切々とうち明けるバラード、「駆け出し者で、ございます」がファンの人気を集めそう。
1997/12/14
筑波大学の研究者グループが、貧乏臭さの原因となる有機物の抽出に成功した。13日からパリで開かれるポピュラーサイエンス学会で発表する。
アラウガコトシンと名付けられたこの物質は、『主婦の友12月号』を参考に、ティッシュの空き箱と35ミリフィルムの空き箱を活用して小物入れを作った主婦、千葉仁美さんの血液から検出された。研究者グループはかねてからアラウガゴトシンの存在を予想していたが、体内で合成される量が極めて少なく、これまで抽出には成功していなかった。
ブレイクスルーを可能にしたのは、「ここまで匂う」と3キロ先に住む親戚が眉を潜めるほど強烈な千葉さんの貧乏臭だ。風呂の残り湯で洗濯し、洗濯の残り湯で風呂に入り、翌日、その残り湯で風呂と洗濯と炊事を同時に済ませる千葉さんは、「貧乏臭いからやめてくれよ」とご主人に毎晩のように懇願されているが、体の芯まで染みついたアラウガゴトシンの臭いはなかなか抜けないという。
生活臭の原因としては、水臭さの発生源が水であることが有史以前から知られているほか、糠味噌臭さの素が江戸時代に合成され、現在でも漬け物の材料として愛用されている。長年の課題だったアラウガゴトシンの抽出を受け、今後は面倒臭さや、面倒臭さを炭素原子7個からなる七角形の環でつないだとみられる七面倒臭さのメカニズム解明に向けた動きが活発になりそうだ。
なお、貧乏臭さの原因については、アラウガゴトシンが原因だとする粒子派と、貧乏ゆすりの波動が収入の減少と出費の増加につながるとする波動派の間で論争が繰り広げられてきたが、今回の抽出成功で一応の決着をみた。
1998/01/09
「東部百貨店でお買い物中の皆さん!」
白塗りのワゴン車の屋根に取り付けられた、八つの巨大なスピーカーが出す音のために、池袋駅西口一帯にあるビルやマンションのガラスが、小刻みに震えた。
「この悪徳企業は、我々庶民に高価な品物を売りつけて稼いだ利益を、こともあろうに北埼玉ペブルビーチなるゴルフ場の造成につぎ込んだのであります。このゴルフ場は乱脈経営を尽くし、会員権価格は当初の見込みを大幅に下回っている有様。東部百貨店の全取締役は即刻辞任するべきです。いや、仮にも『お客様第一』を標榜するなら、すぐに自決するべきではないでしょうか……」
少し離れた場所に駐車されたベンツの後部座席で、様子を見ていた白髪の男が意地悪く笑った。
(時間の問題だな。あと30秒もすれば、総務部長が真っ青になって出てくる。そりゃそうだ。これじゃ客に合わせる顔がないからな。最初から素直に金を出せば、オレだって仲間の右翼を連れて来たりしなかったのに……)
この男の予測は、半分だけ当たった。正面出入口から、地下鮮魚売場のオバちゃんから会長に至るまで、すべての社員が出てきて、白塗りのワゴン車を幾重にも取り囲んだのである。
ワゴン車の天井でマイクを手に絶叫していた元気な男も、事態が理解できないため言葉が続かなくなってしまった。
「ピーッ」
一人の若い女子店員が、歯切れ良くホイッスルを吹いたのを合図に、社員全員がゆっくりと左右の手を回して上にかざす。
「なんだ、ありゃ」
白髪の男の口から、葉巻が落ちた。
「ピッ」
二度目のホイッスルを合図に、すべての社員が両手の人差し指と中指を交差させ、高らかにこう宣言した。
「バリヤッ」
白髪の男はあわてて携帯電話のボタンを押し、ワゴン車に命令した。
「逃げろ。やつら、本気だぞ。すぐ退却するんだ」
* * *
新宿のとある高層ビルの一室では、ファクシミリが手書きのメッセージを吐き出した。イライラしながらメッセージの到着を待っていたスタッフが、受信終了を待たずに紙を引っぱり出して読み上げる。
「池袋西口・東部百貨店から入電。総会屋一味の撃退に成功しました」
「やった!」
「万歳!」
この部屋の中央には、関東地方の巨大な立体地図が水平に置かれている。東部百貨店の所在地を示す白いブロックの前から、黒い三角形が一つ、とりのぞかれた。
「幸先いいですねぇ」
「こんなに簡単だとは思わなかった」
「ようし、この調子だ」
圧勝に浮かれる「司令室」のスタッフのなかにあって、総会屋対策班最高顧問を務める12歳の少年は、至極冷静だった。
「こんなに簡単に勝てるわけない。むこうもすぐに作戦を考えてくると思うよ」
* * *
「絶対絶交断絶作戦」──計画の呼び名に、これまで何度となく総会屋との絶縁に失敗してきた百貨店業界の無念が込められている。百貨店業界では一昨年、昨年と、大手の幹部が総会屋に対する利益供与の疑いで逮捕され、いずれの百貨店でも社長が退陣に追い込まれた。しかし、総会屋の言うなりにはなりたくない、店の体面も傷つけたくない、そんなジレンマの中で苦しんできたのは、どこの百貨店でも同じだ。
警視庁経済犯罪対策室は日本百貨店協会に対し、まず毅然とした態度を示すよう求めた。どの百貨店にも、それが必要なのはよくわかっている。では、具体的にはどんな方法で総会屋に拒否の意志を示せばいいのか。何百回という試行錯誤を経て選択された方法は、誰もが少年少女時代に経験したことのあるバリヤだった。
日本百貨店協会では秘密裏に、全国の小学校にスカウトを派遣してバリヤの達人50人を選びだし、総会屋に利益供与を執拗に要求されている百貨店に送り込んだ。これらの百貨店ではそれ以来、営業時間終了後もほとんどの店員が深夜まで店内に残り、最新バリヤの習得を目指して特訓を続けてきた。
そしてこの日、全国一斉に総会屋に対する実力行使に踏み切ったのである。
* * *
池袋東口での戦いから約3時間後、三輿百貨店の日本橋本店前に、ベンツ数十台に分乗したサングラスの男たちが集結した。日ごろは縄張り争いに明け暮れている総会屋たちが、事態の深刻さに気づいて一致団結し、日本で最も由緒ある三輿百貨店で最終決戦をしかけたのである。
状況は刻々と司令室にも伝えられた。
「敵の兵力、約300人。なおも増加中」
「完全武装のバス5台が首都高速1号線を南下中」
さきほどの戦勝ムードはどこかへ消え、スタッフの顔には不安の色が浮かんでいる。ただ一人、最高顧問の少年だけは落ち着いていた。
「あわてないで、あらかじめ決めておいた方法を守れば、それでいいんだよ」
三輿百貨店の周囲には、いかつい男たちの黒くて厚い輪が形成された。彼らは皆、汚い言葉で「三輿の厚顔無恥な経営陣」を罵っている。
店の中から、三輿百貨店のシンボル、ライオンを刺繍した軍旗を先頭に、店員たちが出てきた。百貨店の周囲に人の鎖を作り、総会屋の軍勢と対峙する。
どの店員の顔にも、自信がみなぎっていた。それは、総会屋の知らない顔だった。少し揺さぶればすぐ金を出す弱腰な総務部長。総会屋にとっては、それが百貨店のすべてだった。
「ピーッ」
エレベーター嬢が、戦いの始まりを告げるホイッスルを吹いた。すべての店員が寸分の狂いもなく、二本の指をクロスさせた右手と左手を、空に向かってかざす。
「バーリヤッ」
しかし、総会屋たちは逃げなかった。バリヤ姿勢を維持している百貨店の店員を睨みつつ、静かに両手を胸の前で交差させ、低くしわがれた声を一つにしてこう叫んだ。
「バリヤくーずしっ」
慌てたのは、司令室に控えていた日本百貨店協会の幹部たちだ。
「やはりバリヤくずしで攻めてきた」
「だいじょうぶか」
「三輿がやられたら、おしまいだぞ」
12歳の最高顧問は、先ほどと同じ言葉を繰り返した。
「あらかじめ決めておいた方法を守ること」
* * *
三輿百貨店の店員、一人一人にとって、これは日本の百貨店の危機というよりも、血の出るような特訓の成果を発揮するためのチャンスだった。両手を手の前でクロスするバリヤ崩しは、1982年、長野県松本市立緑が丘小学校で初めて使われた。発明したのは当時6年3組だった柏原祐介君。このバリヤ崩しは、その2週間後、同級生の香坂孟君に封じられている。
店員たちは右手を上げ、左手を下げて、両手の手首、ひじの関節を90度に曲げた。前から見ると、両手が階段のような形になっている。指は中指を上にあげ、薬指と人差し指をクロス。6年前、香坂君が柏原君に対して見せたのと全く同じ姿勢だ。
「バリヤ崩しふうじっ!」
渾身の一撃を見事に封じられた総会屋の軍勢から、勝ち目がないと悟った数十人の男たちが逃げていく。残った総会屋はさらに、片足上げ、ケンケン、指メガネなどさまざまな姿勢でバリヤ崩しを試みたが、どんなパターンに対しても、三輿百貨店は完璧なバリヤ崩し封じを用意していた。その数、約1万パターン。日本百貨店協会の会員企業が市場調査部やマーケティング部をフルに活用して収集した、戦後日本におけるすべてのバリヤ崩し、バリヤ崩し封じに関する情報が、すべての店員の頭にたたき込まれている。
* * *
「日本橋・三輿百貨店から入電。総会屋連合軍とその子分を殲滅。敵の軍勢は一部南方に逃走、等急百貨店がこれを取り囲み、粉砕!」
大勝利の知らせに、司令室は熱狂した。中央の地図からは、三輿百貨店を囲んでいた多数の黒い三角形が、すべて取り除かれた。ほかの百貨店からも、続々と勝利の知らせが寄せられてくる。総会屋の残党たちを、各百貨店が順調に駆逐しているのだ。
勝利を祝うため、百貨店各社の社長が司令室に次々とやってきた。総会屋との関係はバリヤで完全に断ち切った。「最高顧問のおかげで、これからは株主総会の開催日が近づいても、安心して眠れますよ」、社長たちがそんな謝辞を少年に向かって述べていたとき、司令室のファクシミリが再び鳴った。
また、勝利の知らせに違いない。そう信じて、シャンペングラスを片手にメッセージを取りに行ったスタッフの顔が凍りついた。
「八王子そうご、苦戦中。敵はバリヤを突破。役員室に接近中」
すぐに続報が来た。
「八王子そうご、敵に占領され……」
そのメッセージは途中で終わっていた。総会屋が送信側のファクシミリを破壊したのだろう。地図から八王子そうごの所在地を示す白いブロックが取り除かれ、同じ場所に黒いブロックが置かれた。
「なぜだ? なぜバリヤは崩されたんだ?」
「完璧なはずじゃなかったのか?」
最高顧問に激しい口調で問いつめる社長もいた。
「ああっ!」
メッセージの受信係が悲鳴を上げた。
「新宿から入電。小田Q、円井、伊勢痰が全滅。バリヤまったく効かず。敵の新兵器、破壊力極めて大」
地図の上では、黒いブロックの数が急速に増えていく。渋谷、上野、浅草、銀座……。白いブロックは見る見るうちに減少し、やがて池袋の東部百貨店、日本橋の三輿百貨店も総会屋に占領されてしまった。
司令室はパニックに陥った。すぐに総会屋たちが、この司令室にもやってくるに違いない。社長たちの態度も、先ほどまでとはすっかり違っていた。
「だから私はこの計画には最初から反対だったんだ」
「これまで通りの共存共栄で行きましょう」
「しかし、総会屋たちは許してくれるだろうか」
「怒ってるでしょうなぁ。盾ついたんですから」
「戦犯をさしだせばいい」
「そうだそうだ」
「最高顧問が言い出したことですからな」
「まったくその通り」
「すべて、あの小学生が命令したことなのです。いいですな……」
社長たちの謀議にまったく気が付かないまま、最高顧問の少年は必死に自問していた。
(バリヤはなぜ破られたんだろう。バリヤ破り封じは絶対に勝てるはずなのに……)
少年はこれまでに戦ってきたバリヤ合戦の歴史を振り返ってみた。
(あのときも、あのときも、あのときも、勝った。あ、一度だけ逆襲されたことがあったっけ……)
半年ほど前、小学校のトイレで「大」をしたことがばれ、バリヤで全校生徒から隔離された同級生が、逆上して暴れ回り、バリヤどころではなくなったことがあった。
(総会屋はきっと、あいつと同じ手を使ってバリヤを破ったんだ……)
少年がようやく気が付いたとき、総会屋の無数の軍勢はすでに、司令室の置かれた高層ビルを取り囲み、一人が一本ずつ手にした便所掃除用のブラシを、42階から地上を見下ろしている少年に向けて、真っ直ぐに伸ばしていた。
1998/01/09
「目を閉じれば、いまでも当時の情景を鮮明に思い出すことができます。クリントンはこともあろうに、黒いマジックではっきりと、大きな耳とつぶらなひとみを書き加えていたのです」─── 原告 ポーラ・ジョーンズさん
=写真= 図面を指し示しながら、「ゾウのようでもゾウじゃない」と強い口調で反論するマカリー・アメリカ大統領報道官。
1998/1/21
原田雅彦は、いつものようにウォークマンのボリュームを最大にした。「スカイ・ハイ」のメロディが、少しだけイアホンの外にこぼれる。
原田が目を閉じて、心のなかに描いたのは、往年の覆面レスラー、ミル・マスカラスが四角いリングのなかを鳥の如く身軽に飛び回る情景だった。
「鳥のように空を飛びたい」──世界各国から、ここ長野のジャンプ台に集まった男たちは、そんな願いを胸に秘めながら、ジャンプ台の急勾配を時速100キロで滑り降りていく。原田の場合、目標は鳥ではなく、メキシコの国民的英雄、ミル・マスカラスだ。
原田の夢は、父親に連れられて行った近所の体育館で、マスカラスの華麗なファイトを見たときに始まった。原田も、多くの同級生たちも、大きくなったらマスカラスのようなプロレスラーになりたいと願った。同級生たちはあきらめ、ある者はサラリーマンになり、ある者は医者になったが、原田だけはスキー・ジャンプの道に進んだ。舞台は違っていても、空を飛ぶことに変わりはない。そう原田は考えたのだ。
原田の順番まであと3人。それでも、日本のウインタースポーツ界、いや、1億2000万人の重い期待を背負ったこの男は、目を閉じ、「スカイ・ハイ」の2コーラス目を聞きながら、心を無にしてマスカラスの躍る肉体を想像している。
原田は決して、イメージ・トレーニングのなかで自分が跳ぶ様子を思い浮かべたりしない。無理に思い浮かべようとすれば、原田の心のなかで再現されるジャンプはただ一つ。1994年のリレハンメル五輪、ジャンプ団体の大失敗ジャンプだけだ。そのとき、日本チームは二位以下を圧倒的な差でリードしていた。原田は、ごく普通のジャンプをすれば、金メダルを獲得できたはずだった。ところが原田はプレッシャーに負け、「歴史的」とさえ言われた大失策を演じてしまった。
自信をすっかり失った原田は、95年夏、メキシコ・シティにミル・マスカラスを訪ねている。
「君の目標は何だ?」
握手も挨拶もなく、マスカラスは原田にいきなりこう質問した。
「それは……、あなたのように、あなたのように飛ぶことです」
「よろしい。大切なのは、常に目標をしっかりと見据えることなのだよ」
その一言で、目の前の霧が晴れたような気がした。「マスカラスのように飛ぶ」──ただ一つの目標に向かって飛ぶだけでいいのだ。明確な目標を見いだした原田は、夏のジャンプ台で、冬のジャンプ台で、超人的なトレーニングを続けたのだった。
原田の一人前の選手が飛び出した。着地したのはK点の数メートル先。観客席は騒然となったが、原田は無関心だ。
「僕は、マスカラスのように飛ぼう。それでいいんだ……。あっ!」
原田は思い出した。リレハンメルのジャンプ台でも、同じことを願った。
「マスカラスのように飛ぼう」。ところが、プレッシャーに動揺した原田は、ミル・マスカラスのあまりに強烈なイメージを心に描いたがために、踏切地点でフライング・クロス・チョップをかまし、左後方に飛んでしまったのである。これまで思い出すことのなかった4年前の悪夢が、次々と鮮明によみがえった。銀メダルを手にしたチームメイトの苦笑。スポーツ新聞の1面に大きく掲載された「国辱」の文字。サッカー日本代表がW杯出場を決めた夜、独りぼっちで枕を濡らしたこと……。膝ががくがく震えた。これでは到底飛べない。
そのとき、場内に「スカイ・ハイ」の勇ましい前奏が鳴り響いた。それだけではない。ジャンプ台の先にある観客席の最上段に、周囲よりもずば抜けて高い裸の老人が現れたのである。
「ジャイアント馬場……」
原田はすべてを理解した。マスカラスが、長年のライバルであり、友人でもある馬場に頼んだに違いない。「常に目標をしっかりと見据えることなのだよ」。マスカラスの言葉がはっきりとよみがえった。
原田はヘルメットを脱ぎ、その中に小さく折り畳んでしまってあったラメ入りのマスクを取り出し、素早くかぶった。ジャンプ・スーツをカッターで切り裂き、白いプロレス用トランクス1枚になった。
スロープに飛び出した原田は、絶妙のタイミングで踏み切ると、空中で「フライング・クロス・ジャンプ」と誇らしげに宣言した。2本のスキーが、X型にクロスした。V字ジャンプよりもはるかに大きな揚力が生じた。そして原田は、K点のはるか上空を通過し、観客席最上段の馬場に向け、一直線に飛んでいったのだった。
1997/2/9
発熱やノドの痛みを訴えて選手村医療センターを訪れた選手の数のウイルス別内訳は、A香港型が140人、Aソ連型が32人。B型が6人。A香港型は4大会連続の優勝。明日からはラティネン選手(フィンランド)の鼻腔粘膜を会場に個人戦が開催される。
=写真=マニピュレータでA香港型チームに金メダルを授与する中島宏WHO事務局長
1997/2/19
親愛なる日本の中学生へ
みなさん、こんにちは。私たちの国では暑い日が続いています。プールがなくては生きていけません。日本はさぞかし寒いのでしょうね。
ナガノのオリンピック大会は、毎晩、テレビで拝見しています。私自身にはスキーもスケートも経験がなく、我が国民のなかにも経験者はほとんどいないのですが、あの「カーリング」とかいう競技、オリーブ油を塗った大理石の床でできるのなら、ぜひ一度、トライしてみたいものです。
さて、無駄話はさておき、今回、こうして私が直々にペンを手にしてみなさんに手紙をしたためることにしたのは、あるニュースを耳にしたからです。みなさんの国ではいま、「所持品検査」という恐ろしい行為が着々と進められているらしいですね。
神の下では、人間は皆、平等です。言うまでもなく、人間には誰にでも、持ちたいものをもつ権利がある。みなさんの国には「サシミ」という素晴らしい料理があるそうですが、もし板前さんがサシミ包丁の所有を禁止されたら、みなさんはどうするのでしょうか。マグロに直接くらいつくのでしょうか。私個人はそういう行為が決して嫌いではありませんが、かといって、皆がそうするべきであるとも思いません。したがって、板前さんにサシミ包丁を持っていけないというのはおかしい。人間は皆平等ですから、中学生や高校生がナイフをポケットに入れて持ち歩いてはいけないというのも、不合理な話です。
しかし、不合理なことを言う人間は、残念ながら世界中にいるものです。日本にもたくさんいるでしょう。なかでも腹立たしいのは、自分たちが持っているものについて、他の人間に「持ってはいけない」と主張する輩たちです。みなさんの学校の教師は、ナイフという物体はもっていないかもしれない。しかし、内申書という武器で、ナイフの切り傷よりもはるかに深いダメージをみなさんに与える力を持っているのです。にもかかわらず、ナイフは危ないから持つなという。さらには、おまえたちはナイフという危険物を持っているから、カバンを開け、ポケットの中身を机の上に並べなさいという。
決して、決して、彼らの言うなりになってはいけません。所持品検査を受け入れることは、自らの尊厳を捨て、奴隷になることなのです。自衛や反撃の権利と、そのために必要な道具は、絶対に保持していなければなりません。そのために、教師はあなたを殴るでしょう。頬が痛むでしょう。しかし怯んではいけません。そのときこそ聖なる戦いの火蓋を切って落とすのです。
神のご加護がありますように。
サダム・フセイン
追伸 別便の小包にて化学弾頭搭載型スカッドをお送りしました。
1998/2/19
私は最近、お世辞にも人目を引くとは言えない地味な形式で、こんな求人広告が新聞の片隅に掲載されているのを見つけた。
「朝の連続テレビドラマでヒロインの恋人/夫/父親役の経験のある、元男優求む。現男優は応募不可」
およそ2ヵ月前には、こんな奇妙な求人広告があった。
「テレビ番組『プロポーズ大作戦』の『フィーリング・カップル 5対5』で、男性軍の2番手、または4番手を務めた人、求む」
これら二つの広告が求めている人材には、共通点がある。それは、影の薄さだ。朝の連続テレビ小説はこれまでに、数々の人気女優を生み出したが、ドラマの中でヒロインの引き立て役として使われる男優が、長い年月の後、視聴者の記憶に残っていることはまずない。ドラマの放送終了時でさえ、視聴者がこれらの男優の芸名を憶えている確率は、4%程度しかないと言われている。これは、富士の樹海に迷い込んだ人が生還する確率の、ちょうど半分だ。
「フィーリング・カップル 5対5」の男性軍2番手、4番手も、印象の薄さでは負けていない。女性軍や司会者の質問に対する答えを短時間で考え出す、リーダー格の1番手。ユーモアとウィットに富んだ答えで場内を適度に笑わせ、適度に感心させる3番手。大ボケへの期待を決して裏切らない5番手。ところが、2番手と4番手の役割は、単なる「つなぎ」でしかない。
番組終了から十年以上が経ったいま、1番手経験者の多くは会社の経営者や中堅幹部として活躍している。3番手も、営業、勧誘、企画人員として優秀な業績を残していることが多い。5番手の大部分は社会的には失敗しているが、夕暮れ時の横断歩道で突然昭和50年代のヒット曲を歌い出すなどして、世間に対して今なお強烈な存在感をアピールしている。
1番手、3番手、5番手経験者に、昔は友達だったはずの2番手、4番手経験者の所在を尋ねてみたが、例外なく没交渉になっていた。かつて、そのような友達がいたことさえ思い出せない人もいた。番組の元スタッフの一人は当時を振り返って、2番手、4番手を務めた若者の相次ぐ蒸発が、放送打ち切りの最大の理由になったと証言する。
存在感のほとんどない彼らを、いったい誰が、何のために探し求めているのか。広告には連絡先としてFAX番号が記されているのみ。取材を申し込んでも、返答はなかった。広告を掲載した新聞社に問い合わせてみたが、広告主については何も知らないという。
手がかりは、意外なところで見つかった。政府科学技術会議の生命倫理委員会が、人間に対するクローン技術の応用を規制するべきとの提言に、次のような文言を付け加えたのである。
「ただし、晴天時、野外に立ったときの影の濃さが日本人の平均値の3%に満たない人のクローン技術による増殖は、その限りではない……」
国際社会では、クローン技術の応用は家畜がリミットというコンセンサスが形成されているようにみえる。しかし、これまで常に技術の最先端を目指してきた研究者たちに、生命倫理の観点から出発した論議でブレーキをかけることができるのかどうか、疑問視する関係者も多い。どこかの研究所が、フライングを犯すに違いない。それなら人類に影響を及ぼさない範囲内で、一定の研究に着手しておくべきだ。そんな主張が、上記の但し書きの背景にある。
存在感の軽さに詳しく、自らも「シルエット・クイズ」出演を収録直前にキャンセルされた苦い経験をもつ俳優の下条アトムさんは、
「学界が我々に注目したのは、正解だと思いますよ。我々なら300人いても500人いても、まったく周囲に圧力を感じさせませんからね。いや、私も長い間、存在感のある俳優を目指して、ひげをのばしたり、警察のお世話になったり、いろいろ試して
と語りながら、いつのまにか消えてしまった。
どうやら冒頭で紹介した二つの求人広告は、クローンの実験台の募集らしい。実験が成功すれば、日本の街角は、どこかで見たことがあるが、どうしても思い出せない顔に占領されてしまうのだろうか。真偽は定かでないが、関西のある国立大学で、矢沢透氏3人からなる「アリス」再結成に向けた研究が続けられているという、気になる噂もある。
最後に、筑波市内のバス会社に務める運転手の証言を紹介しよう。
「先週の日曜日、団体さんを乗せて、筑波山麓を回ったんですよ。直接のご依頼主は筑波大学さんでしてね。まあそういうことはよくあるんですが。海外からの留学生の方とかね。でも、今回はおかしいんですよ。バス3台に分乗した125人のお客さんが全員、小倉一郎だったんです」
どうやら、小倉一郎の複製がすでに始まっているらしい。一人の小倉一郎から、数人の小倉一郎が生まれ、数十人、数百人、数千人というペースで増殖する。日本のどの街角にも、寂しげな小倉一郎がたたずんでいる……。私は重い気持ちでさまざまな可能性を考えたが、結局、これといった不都合は思い浮かばなかった。
荒藤 奈樹児 (フリーライター)
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素材提供:SUPER!! 嘘屋本舗のみなさん
1998/2/21
選手村施設
選手村事務室は俗に「村役場」、選手村の使用料金は俗に「村民税」、選手村の養老の滝は俗に「村さ来」と呼ばれている。
叱咤激励
かつて、北海道にはこれといった産業がなく、失業率も高かったため、原田選手はジャンプ少年団に所属していたころ、「今度K点を超えられなかったら、高砂部屋に売り飛ばすぞ」などと叱咤激励された。
距離スキー選手の孤独
距離スキー選手にとって一番辛いのは、ライバル選手とのデッド・ヒートでもなく、自らの体力の限界への挑戦でもなく、「ひょっとしたら、長靴で走ったほうが速いのではないか?」という疑問との戦いだと言われる。
協力
およそ1年前、日本バイアスロン協会は日本スキージャンプ協会に射撃練習のため中堅選手数人の提供を要請したが、即座に拒否された。
専門用語
アイスホッケー選手の間で、スティックは強烈な一撃を加えたいとの願いから「ハンマー」、スケートはローラースケートの連想から「ローラー」、パックは各選手の配偶者の名前に応じて「キャサリン」「リンダ」「知子」などと呼ばれることが多い。
デートスポット
太陽が沈むと、ジャンプ台はデートスポットに変身。地元自治体は原田選手に対し、V字電飾点滅飛行でロマンチックな雰囲気を醸し出すよう依頼している。
公認広告
武富士は、IOC公認のオフィシャル債権者として長野オリンピックをサポートしています!
換算
日本サッカー協会は20日、W杯予選対アルゼンチン戦での1得点は、ラージヒル・ジャンプでの飛距離、175メートルに相当するとの見解をまとめた。
比較
外為市場の関係者の間では、長野オリンピック男子滑降の金メダリストより、インドネシア・ルピアの対ドルレートのほうが速いとの見方が強まっている。
細かい芸
大画面のテレビで見た人でないとわからないと思うが、フィギュアスケート会場で使われていた氷面整備車は、作業中、ヘッドライト部分に取り付けられた「目玉」が左右にキョロキョロ動くしくみになっていた。
ボブスレー選手の孤独
ボブスレーの選手にとって一番辛いのは、ライバル選手とのタイム争いでもなく、自らの体力の限界への挑戦でもなく、「ひょっとしたら、冷凍マグロを滑らせたほうが速いのではないか?」という疑問との戦いだと言われる。
NIFTY-SERVE FCOMEDYS 嘘競演『デマリンピック』参加
投稿作品全体について与えられた金メダル
「ボブスレー選手の孤独」について与えられた赤メダル
1998/2/26
ファスト・フードの世界最大手、マクドナルドは、3月1日付けで100%出資の子会社、マクドナルド・フォーリン・エクスチェンジ・サービス(MFES)を設立し、国際代金決済業務に参入する。本社は英領ヴァージン諸島。資本金はチーズ・バーガーとの引換券、400万枚を予定している。
MFESの最大の特徴は、為替リスクを完全に解消したこと。これまで、貿易業務には為替レートの変動に伴う損失の恐れがつきもので、企業経営だけでなく、一国のマクロ経済が不安定化する要因となっていた。
MFESを利用した代金決済は、以下のようなしくみになっている。まず、輸入業者は最寄りのマクドナルドに行って商品を受け取り、商品代金の価値に相当するスマイルで支払いを済ませる。マクドナルドはこのスマイルをいったん集約したあと、輸出国に輸送する。輸出国のマクドナルドは輸出業者に通知し、船積書類一式と引き替えにスマイルを渡す。相場が激しく揺れ動く外為市場が介在しないため、輸出業者はいつでもニコニコできる。
マクドナルド大学ビジネススクールのライオネル・ロバートソン教授によれば、スマイル市況はこの30年間、極めて安定しており、原油価格や国際金利、経済成長率にまったく左右されていない。インドネシア政府が先ごろ、
(ルピア)=12000 × (ドル)− 5000
という為替相場新公式を発表するまでは、地域差も全くなかった。(MFESではスハルト政権崩壊までインドネシアを同サービスの対象地域から除外するとしている。)
日本マクドナルドも、大蔵省からの認可を獲得次第、全国の店舗で決済サービスを導入する。当面は利用企業にドリンク(M)をプレゼントするキャンペーンを展開するなどして、知名度アップを図る方針だ。
1998/2/26
玩具大手のエポックは、DRAM市況の低迷に対応して、「シルバニアン・ファミリー・シリーズ」製品のうち、「シルバニア 森の64MビットDRAM工場」の生産ラインをマレーシアに移転することを決めた。玩具業界では、米マテルが「バービー向けOEM供給台湾半導体工場」をすでに発表しており、今後はキティ、リカちゃん系工場にもコストダウンを目的とした海外シフト・海外調達の動きが広がりそうだ。
「シルバニア 森の64MビットDRAM工場」の名称は、マレーシア生産に伴い、「シルバニア マレーシア領ボルネオ熱帯雨林の64MビットDRAM工場」となる。現在、ヒグマとなっている同封キャラクターは、一律マレーグマに変更されることになりそう。「シルバニア 赤いお屋根の大きなICパッケージ・テスト施設」との接続は今後も可能だ。
エポック社では、国内生産でも収益が見込める大型半導体ウエハ加工業務への転換を急いでおり、今秋にもプロセスルール0.01ミクロンの0.6インチウエハ処理工場(原寸0.2ミクロン、12インチウエハ相当)、「シルバニア 木もれ日のウエハ・ファウンドリー工場」の出荷を開始することにしている。
1998/2/28
佐伯宏。ユンボのオペレーターで、この人の名前を知らなければ、素人と呼ばれてもしかたがない。全日本ユンボ選手権で通算105勝、10年連続年間総合優勝という前人未踏の記録を打ち立てた、土木業界の英雄だ。
佐伯の肩書は日本土木技術研究協会の操作技術開発員。全国に5万人いると言われるユンボ・オペレータのうち、最高の腕をもつ数人の操作技術開発員たちを、土木業界の関係者は尊敬の念を込めて、トップスコップと呼ぶ。なかでも佐伯の操作技術は抜きんでており、土木業界で「天国と運転席の中間にいる男」と言えば、佐伯を置いて他にはいない。
ユンボは、佐伯に操られることによって人間の手を同じくらい器用になる。仮にこう書けば、佐伯を侮辱することになってしまう。佐伯のユンボは人間ほどには不器用でないからだ。地面に穴を掘らせれば、寸分の狂いもない立方体になり、滑らかな壁には顔が映る。ダンプカーに土を積ませれば、本物のダンブとそっくりの形にしてしまう。しかも、ダンプのドライバ−は雨が降ってこないかぎり、荷台に載っているほうが本物のダンプだということに気がつかない。佐伯が取り壊したビルは、セメントや接着剤を使わなくても、また元通りにして使うことができる。
佐伯は今年39歳。日進月歩のスピードで新しい機種や工法が登場するこの業界にあっては、超ベテランといえる年齢だ。若手オペレータの躍進はめざましいが、それでもなお、佐伯は王者としてこの世界に君臨している。
昨年の全日本ユンボ選手権、最終戦の決勝で当たったのは、「クマ殺し」の異名を持つ北海道土木業界の雄・北川正二郎だった。予選から準決勝まで北川の勢いはすさまじく、佐伯との決勝が、一時代の終わりを告げる戦いになると予想した評論家もいた。
500メートル離れて向かい合った佐伯と北川。ピストルの音を合図に、二台のユンボは真っ黒な煙を吐きながら突進する。わずか5メートルの間隔を残してフルブレーキ。そして二台のユンボは、目視ではどうなっているのかわからないほどの素早さで、左右にその巨体を揺らし始めた。アームは前後に動いているらしい。息を呑む観衆と審判。「できたぁ!」「できたぁ!」 アームを高々と上げて1000ピースのジグソーパズル「金閣寺」の完成を宣言したのは、佐伯がわずかながら先だった。
しかし、当の佐伯にとって、100勝には98勝、99勝と同じ通過点としての意味しかない。職人の本分を決して忘れない佐伯は、この名勝負の直後に勝因を尋ねられ、「そりゃ最初によ、空は空、木は木、金は金、っちゅうふうに、同じ色のをまとめてから並べはじめたことでないかな」と、恐ろしいほどに冷静なコメントを残している。
好きな言葉を色紙に書いてもらえませんか。そう佐伯に頼んだら、やや考えたのち、題字の言葉をサインペンで書いてくれた。
「毛筆アタッチメントが壊れてなかったら、ユンボでもっと上手に書けたんだけどよ」
佐伯はそう言って、長靴を履いて庭に下り、ユンボのエンジンをかけてから、バケットの先端についている鉄の爪で照れ臭そうに頭を掻いた。
1998/3/2