やゆよ記念財団

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 ここには1996年12月24日から1997年5月23日までに発表された15本の嘘が収録されています。




 ビッグバンの録音テープ

1996/12/24



 宇宙の起源になったとされる巨大な爆発「ビッグバン」の音を収録したテープがこのほど発表された。

 ビッグバンの音(石川清さん提供 622バイト・WAV形式)

 このテープは鳥取県在住のUFO研究家、石山清さんが先月末、自宅近くの公園に着陸した宇宙人から渡されたもの。世界中の物理学者や天文学者がいま、宇宙誕生の秘密に光を当てる歴史的な音に耳を傾けている。

 これまでビッグバンといえば天地創造を告げる壮大な響きを想像する人が多かったが、テープに収録されているのは意外にも質素な音だった。ビッグバンではなく、今後は「スモールポン」と呼ぼうと名称変更を主張する研究者もいる。

 石川さんにこのテープを渡した宇宙人が、どのようにしてビックバンを録音したのかについては、宇宙外生物、タイマー録音、声帯模写などさまざまな仮説が浮上しているが、真相は謎のまま。今後しばらくは、宇宙人と幽霊、虫の知らせの三大超自然現象を総合的に説明するための「大統一怪奇理論」の構築に向けた模索が続きそうだ。



 危機の男

1996/12/29



 その老人が家に帰ったとき、時計は夜11時を回っていた。

 年末年始をのんびりと妻と過ごすつもりが、あの事件のために、俄然忙しくなってしまった。テレビ番組出演、雑誌の取材、外務省へのアドバイスと、現役当時よりも慌ただしいスケジュールをこなさなくてはならない。

 政府の危機管理体制がこの十数年間で大きく進歩したとはいえ、まだまだ改善しなければならない点は残されている。東大安田講堂事件、浅間山荘事件で警察当局を指揮したこの老人は、自分が単なるアドバイザーとなり、もはや第一線の当事者として事件にコミットできないことが歯がゆくてならなかった。できることなら今すぐにでも機動隊を率い、拡声器を手にリマへと飛んでいきたい。そんな気分だった。

 玄関のベルを押そうとしたが、眠っている妻を起こすのは可哀想なので、自分で鍵を開けることにした。

 ところが、鍵はかかっていなかった。

「まったく、無用心にもほどがある」

 危機管理の専門家の家で、危機への備えがまったくできていないとは――。明日の朝、妻を叱りつけなければならない。

 その瞬間、真っ暗な居間で何者かが隠れた気配がした。

 何者だろうか。息をひそめて、老人は居間に近づいた。

 賊がいきなり体当たりしてきた。が、老人はあわてない。すでに65歳を過ぎたとはいえ、剣道七段、柔道六段の強靭な身体はそう簡単には衰えない。賊はみぞおちを強打されて気絶した。

 老人が明かりをつけた。賊は中年の貧相な男だった。その弱々しい体格は、どう見ても元内閣安全保障室長で戦国武将の末裔、佐々々淳行の相手ではない。

「全共闘世代ごときには、まだまだ負けん」

 次の瞬間、老人ははっと気がついた。妻は無事だろうか。

 急いで階段を駆け上がったが、2階の寝室には誰もいなかった。

 台所にも、居間にも、書斎にも妻の姿は見えない。

「まさか……」

 数々の国家的危機に沈着冷静に対処してきた老人が、初めて慌てふためいた。

 しばらくして、老人は食卓の上の置き手紙を見つけた。

「あなた。お帰りなさい。今日の約束、すっかりお忘れのようですね。あなたはもう引退したのですよ。何が日本の危機ですか。なぜあなたの後輩の腕を信じられないのですか。『父さん、今日も忘れちゃったわね』と娘は泣いておりました。四十年以上、我慢に我慢を重ねてまいりましたが、今日という今日はあなたを許せません。長い間お世話になりました。さようなら」

 老人は安堵のため息をついた。妻は千葉にある妹の家にでも泊まっているに違いない。

 しかし、文面から判断して、妻は激怒しているようだ。いったい、なぜ……。

 老人はようやく思い出した。今日の午後、娘の婚約者が尋ねてくることになっていたのだ。急きょ決まったテレビの討論番組出演のために、すっかり忘れていた。

 結婚してから文句一つ言ったことのない妻が、出ていってしまった。私はどうすればいいのか。いさぎよく土下座して謝ろうか。妻がいなければ、私は寝巻さえ見つけられない。

 思えば情けないことだ。地球の裏側で起きた「危機」のために、自分の夫婦生活が未曾有の危機に陥ってしまうとは……。

 いや、リマの事件、妻の怒り。どちらも「危機」には変わりない。

 危機管理の神様の血が、久しぶりに騒ぎ出した。



 トウ小平氏、健康を回復?

1997/1/27



 ここ数年、幾度となく重病説がささやかれた中国の最高指導者、トウ小平氏について、突如として「超健康説」が浮上している。

 昨年末に香港の日刊紙、『明報』が「トウ氏は家族とともに旅行に出かけるほど健康状態が回復した」と伝えた時点では、報道の信憑性を疑う中国専門家が多かったが、今月3日には新華社が世界のマスコミに対し、海南島で随員らとともにビーチバレーで汗を流す、サングラスにバミューダ姿のトウ氏の写真を公開、『明報』の報道を裏付けた形になった。

 7日には天津で開かれたボディビルの全国大会にトウ氏がゲスト参加、92歳とは思えないみずみずしい筋肉美を披露して満場の喝采を浴びた、と人民日報が伝えた。審査員の一人は「再三の失脚にもかかわらず大腿四頭筋をこれほどまでに鍛えあげたトウ同志の努力に惜しみない拍手を送りたい」とコメントしている。

 13日には重慶市内の踏切で満員の小学生を乗せたバスが立ち往生したところに満員の幼稚園児を乗せた列車が接近、あわや大惨事というときに、たまたま近くをジョギング中だったトウ氏がバスを持ち上げて、そのまま2キロほど走った、との情報がCIA長官により米上院の外交委員会で報告され、全世界に衝撃を与えた。

 トウ氏が健康を回復した理由としては、▽香港の中国返還をこの目で見たいと強く願うあまり、勢いが余った、▽中国政府が現在の路線を安定的に継続するため、トウ氏の頭を若者に移植した、など諸説があるが、真相は霧のなか。ただ、血で血を洗う権力抗争に期待していた一部のチャイナ・ウォッチャーやマスコミは、楽しみをかなり先に延ばされることになりそうだ。



 毎年恒例

1997/1/29



 埼玉県浦和市の郊外に、床面積が10ヘクタールを超える世界最大級の倉庫がある。1年近く、ほとんど人気のなかったこの倉庫が、今日の夜から急に騒がしくなった。

 練馬、横浜、千葉、新潟、青森などのナンバーをつけたダンプカーがひっきりなしに倉庫に入り、山盛りの紙を降ろしては去っていく。倉庫の内部では数十台のショベルドーザーが走りまわり、紙の山を区分けしている。

 これらの膨大な紙は、大学入試センター試験の回答用紙だ。テストが終わった直後、約60万人の汗と涙の結晶は、ここ、大学入試センターの採点施設に運びこまれる。採点に当たるのは、センター職員と自衛隊員ら5300人。まず、ショベルドーザーで都道府県別の山を作る。次に、自衛隊員らがスコップやつるはしを操り、課目別の丘をつける。それから採点が行われる。ごくまれに、国語の解答用紙が数学の山に紛れるといった事故も起こるが、そんなときには解答用紙救助犬が出動して、国語の匂いがする紙を掘り起こしてくれる。

 地元・埼玉県の山では早くも採点が始まったようだ。褌姿になった自衛隊員とセンター職員、50人が三つの班に分かれて麻縄を引っ張ると、センター試験の採点のためだけに特注で作られた長さ20メートル、太さ2メートルの赤いサインペンが直立した。

「準備いいか。受験番号2454854、採点始めるぞ!」

 頭<かしら>の叫びで、空気が引き締まった。

「第一問 さーん!」
「第一問 さーん!」
「第二問 にぃ!」
「第二問 にぃ!」

 男たちは正解を復唱しながら、解答用紙の上でサインペンをわずかずつ動かしていく。

「第三問 よん!」
「第三問 にい!」
「いくぞ。そーれ。はい、そーれ!」
「そーれ。はい、そーれ!」

 1997年の大学入試センター試験、初めての「バッテン」はこのようにして赤々と記されたのだった。



 ニュース用語解説

1997/2/5



【LGLF】

 正式名称はLucky God Liberation Front。群馬県の北部に出没するゲリラ組織。農民を主体とする革命を指向するなど、毛沢東思想の影響が顕著だが、インド軍から武器供与を受けているとの情報もある。傘下には恵比須、大黒天、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋と呼ばれる7系統の工作隊が設けられており、それぞれナス農家、ナタマメ農家、れんこん農家、ダイコン農家、シイタケ農家、シソ農家、ショウガ農家への教育・洗脳活動を展開。群馬県山間部において上記野菜を栽培し、福神漬を密造したのち、これを日本全国に出荷して活動資金を獲得している。1995年に麻薬取締法が改正され、福神漬の売買・所持・食用が非合法化されたものの、国民全体に蔓延した福神漬中毒のため、当局が密売組織を殲滅するには至っていない。→LGLF料理

【LGLF料理】

 LGLF(前項参照)支配地域における一般的な食事。米飯に福神漬をかけて食べる。傍らに添えられたカレーのルーに食欲を刺激する効果がある。



 緑ぼぶ助の電子コラム ── 電子新聞

1997/2/5



 朝起きて、顔を洗い、玄関に新聞を取りに行く。こんなありきたりな動作が、ありきたりでなくなる日がやって来るかもしれない。インターネットを通じて、記事の内容を公開する新聞が増えているからだ。
 すでに、一般紙はもちろん、経済新聞、工業新聞、スポーツ新聞の最新の記事を、電子的に読むことができる。近い将来、大部分の新聞が有償ですべての記事を公開するだろう。材料費、印刷代、輸送費がかからないインターネットは、新聞社にとっても魅力的なメディアだ。

 では、「電子新聞」は「紙の新聞」よりも便利なのだろうか。そうだ、と答えた人は新聞の利用価値のもっと重要な部分を忘れている。

 筆者の友人は、最近、顔色が冴えない。「商売がうまく行かなくてね」。彼の稼業は、私立探偵だ。尾行の標的が喫茶店に入ると、探偵は標的から最も遠く、しかも見通しの良い席に陣取る。コーヒーを注文したあと、新聞紙に指で穴を開け、標的から一瞬たりとも目を離さない。それが、この世界の常識だった。
 しかし、ノートパソコンの液晶ディスプレイに、指で穴を開けるのは難しい。
「B5サイズのどこに隠れろって言うんだい。パソコンなんて、くたばっちまえ」
 友人が突き立てた中指には、分厚い包帯が巻かれていた。

 昨年あたりから、一般家庭のゴキブリが急増している。正確に言えば、ゴキブリの死亡率が低下している。長い間、ゴキブリが最も恐れていた武器は新聞紙だった。新聞紙なら安いし、操作は簡単で、しかもゴキブリ発見から数秒後に攻撃準備が整う。殺虫剤のスプレーよりもはるかに効果的だ。ところが「電子新聞」を購読している家庭に、新聞紙はない。急いでプリントアウトしても、「準備中」の表示が出ているうちにゴキブリは家具と壁のすきまに逃げ込んでしまう。かといって、ゴキブリに向かって17インチのディスプレイを投げ付けるのには筋力と勇気がいる。ディスプレイとパソコン本体が強靭なコードで連結されている場合には、なおさらだ。

 残念ながら、「電子新聞」という時代の流れを止めることは、筆者にはできない。それでも筆者は、「紙の新聞」の良さを未来につなげることで、最大限の抵抗を試みる。将来、新聞社から「電子新聞」の有料購読を奨める電子メールが来たら、こんな返事を書くつもりだ。

「掃除機つけてくれるんなら、3ヵ月分、契約してやるよ」



 緑ぼぶ助の電子レポート ── モバイルがんじがらめ

1997/2/27



 最近、街角でノートパソコンを開き、何かを入力している人をしばしば見かける。多くの場合、ノートパソコンにはPHSが接続されている。どうやら電子メールを入力しているらしいと気がつくまでに、しばらく時間がかかった。

 コンピュータを持ち歩いて、いろいろな場所で操作することを「モバイル・コンピューティング」と呼ぶらしい。モバイルという聞き慣れない言葉が、すでにカタカナ言葉として定着したはずの「モービル」と同じ意味だと気がついたのは、やはり街角で「ガソリン入れるならモバイル石油」「冬の乗り物はやっぱりスノー・モバイル」といった会話を耳にしたときだった。今年の成人の日には、モバイル・コンピューティングの最中の男性が、晴れ着姿の女性に向かって「オウ、ゲイシャガール」と叫んでいるのも聞いた。これは、相当来ている。

 とにかく、彼らはどんなところでもキーボードと液晶ディスプレイに向かっている。電車、デパート、路上、動物園……。モバイル中毒にかかって病院にかつぎこまれる人も少なくない。幸い、有効な治療法がすでに確立されている。狭い部屋の中に閉じこめて、スピーカーで「誰も見ていないよ」と告げると、たとえノートパソコンが目の前にあっても使わないという。

 モバイル・コンピューティングのおかげで、場所を選ばずに電子メールを作成・送信できるようになった。それはそれでいい。しかし、もし人間同士のコミュニケーションが電子メールでしか図れないとすれば、それは問題である。1日に100通以上の電子メールを送るというサラリーマン男性に、電話や直接の会話に頼らない理由を尋ねてみた。

「うーん。それはね、メールのほうが表現が豊富でしょ。声だと『σ(^-^;)』とか『(^^ゞ』とか伝えられませんからね。メールの表現のほうが、しっくり来るっていうか……」

 と、この男性はまったくの無表情で、声の高低と強弱を一定に保ったまま答えた。すでに電子メール人間に特化してしまったようだ。

 複雑に絡み合う電源コードやケーブルを断ち切ったモバイル・コンピューティング。そのユーザーは自由にも見えるが、本当に彼らは自由なのだろうかと、私は疑問に思うのである。



 今世紀 最初で最後

1997/3/19



 モンゴル北部の村落、ダルハン。

 数百頭の羊、そして少数の馬と遊牧民しかいない地に、世界各地から数千人の天文ファンが詰めかけた。
 お目当ては、皆既日食と今世紀最大級のすい星の「共演」という、数百年に一度の豪華な天体ショーだ。

 円形だった太陽が少しずつ欠けていく。ショーの開演を今か今かと待つ観衆の耳に、ダルハンに近づく1機のヘリコプターの音が聞こえただろうか。

 太陽が三日月になり、朝の雪原が夕闇に包まれた。

 午前9時49分。たった2分30秒間の共演が始まった。役者は、丸い影の縁で放射状に光を放つコロナと、ヘール・ボップすい星だ。

 そのとき、天文ファンが設営したテント村の中央に、ヘリコプターが着陸した。降りて来たのは、ちょんまげ頭にまわし姿の力士二人。コロナのわずかな光で顔を識別することは難しいが、二人の間に著しい身長差のあることだけは明らかだった。

 二人は雪の上に大きな丸を描くと、相撲を始めた。大きな力士はすぐに小さな力士を土俵際まで追い詰めた。

 何事だろうか。氷点下10度の雪原で、しかも、世紀の天体ショーが繰り広げられているこの瞬間、二人の力士は、なぜここで、相撲を取っているのだろうか。数千人の天文ファンには誰一人として、答えを見つけることができなかった。

 大きな力士は、破壊的な突っ張りを連発していた。これまでなんとか耐えていた小さな力士も、次第にあごが上がってきた。

(勝負あった。これで、日食とすい星の観測に専念できる)

ほとんどの天文ファンはそう考えたはずだ。

 ところが、小さな力士は大きな力士が渾身の力をこめた「とどめの一発」をかわしたかと思うと、文字通り目にも止まらぬ敏捷さで大きな力士の背後に回り、まわしを左右からつかんだ。

 そして、奇跡が起きた。

 小さな力士が背後から大きな力士を持ち上げ、振り子のように大きく左右に振り回したのである。大きな力士は足をばたばたさせているために、地面に降り積もった雪が左右にかき分けられた。

 国立天文台から派遣された日本人研究者がつぶやいた。「こ、これがあの、ほうき星なのか……」

 説明せねばなるまい。1960年1月、日本相撲協会が認定した70種類の決まり手のうち、一度も使われたことがないものがある。それが、相手のまわしを後ろからつかみ、左右に振り回す「ほうき星」だ。

 大きな力士の振幅は次第に大きくなり、最後には「ほうき」の先が大きな力士の頭ほどの高さになった。

「でぃやぁっ」

 小さな力士の叫びとともに、大きな力士は空を飛び、「土俵」の外の地面に頭から突っ込んだ。日本相撲協会の解説通り、手足が空に向かってまっすぐ伸びている。

 その瞬間、2分30秒の短い夜が終わった。コロナの裂け目から、太陽の光が溢れ出た。今世紀最大級のすい星も、日光に呑み込まれてすぐに見えなくなった。

 誰かが叫んだ。「あっ、いない」

 二人の力士は、いつのまにか忽然と消えていた。二人の行方は誰にもわからない。しかし、この場に居合わせた天文ファンには、自分たちがたったいま、皆既日食という十数年に一度のできごと、巨大すい星という数十年に一度のできごと、そして、「決まり手は、ほうき星」という二度目があるかどうかさえわからないできごとを同時に体験したことが、よくわかっていた。この感動的な奇跡を、永遠に語り継いでいかなければならない。誰もが、人類の一員としての責任を感じていた。

「旭の鷲が、巨大なほうきで暗闇を退治した。そんな伝説が残るかも知れないな……」

 南東の空に向け飛ぶヘリコプターのなかで、西小結に昇進したモンゴルの国民的英雄は、そんなふうに呟いたのだった。



 緑ぼぶ助の電子エッセイ ―― 母より.dic

1997/3/28



「お兄さん、永いあいだ、お会いする機会がありませんが、お元気ですか」

 そんなふうに始まる電子メールを受け取って、私は、3年前に亡くなった母のことを思い出した。「長い間」ではなく「永いあいだ」。母の綴り方と、まったく変わらない。

 妹が5年前に嫁いだ時、母は真新しい家計簿を妹に渡した。中には、朱色の漆塗りフロッピィ・ディスクが1枚はさまれていた。最近、妹が教えてくれたのだが、README.TXTには、こう書いてあったという。

「『母より.dic』は、母さんが30年間かけて少しずつ我が家の言葉遣いを記録した単語辞書です。母さんは、柳行李3個分の単語パンチカードを持って父さんに嫁ぎました。お前も、お前の家庭で使う言葉をこつこつと貯めて、いつかはお前の娘に持たせてやりなさい」

 そういえば私も、中学生だったころ、仏壇の前に正座させられ、母にこう叱られたことがある。

「ぼぶ助、単語辞書を粗末に扱ってはいけません。システムもアプリもハードウェアも、お金を出せば買えます。でもね、辞書だけは、なくなったらそれまでなのですよ。ご先祖さまの残してくれた言葉が、永遠に消えてしまうのですよ……」

 驚いたことに、母の目は涙で潤んでいた。私は母の涙から、単語辞書の大切さを学んだのである。

 無論、私はこの瞬間も、緑家に代々伝わる単語辞書を使用している。だから、「てまきずし」を変換すると、最初の候補は「クルクル」。緑家で「クルクル?」と語尾を上げて尋ねれば、「今晩、手巻き寿司にしようか」という意味になる。他の家庭には通じない独特の表現が、どの家庭にもある。これは、世代から世代へと受け継がれる文化なのだ。

 妹は、母からもらった緑家の辞書ファイルと、嫁ぎ先に代々伝わる辞書ファイルをマージ(合併)した。文化と文化が混ざりあい、そして、受け継がれて行く。

 妹からのメールは、こんなふうに結ばれていた。

「あら、もう5時。急いで夕食の支度をしなきゃ。今日のメニューはグルグルです。それではまた。お兄さんお元気で」

 グルグル……。太巻きのことだろうか。



 落としの山さん

1997/4/17



 山さんは、ため息とともに煙草のけむりを吐き、それまでの激しい詰問が嘘のような優しい口調で、こう話しかけた。

「いつまでも強情を張ってないで、そろそろ楽になったらどうだ。おまえは子供たちの人気ものだ。おまえがいなかったら、チョコレートはどうなる。なんの罪もない子供たちに、あの甘ったるいチョコレートだけのチョコレートを食べろっていうのか。いや、優しいおまえのことだ。そんなことはできないよな」

 そのとき、机の上に広げてあった調書の上に、ポツリ、ポツリと二つの粒が落ちた。犯人の涙ではない。本場カリフォルニアのアーモンドだ。

「泣け、泣くんだ、アーモンド。おもいっきり泣けば、心が軽くなるぞ」

 枝が小刻みに震えたかと思うと、それまで必死で泣くのを我慢していた子供の涙ように、アーモンドの実がどしゃぶりのように落ちてきた。木の下にはシートが敷き詰めてある。その上に、見る見るうちに数センチのアーモンドが降り積もった。

 およそ3分後、実をすべて落として心なしか枝の形が気楽になったように見えるアーモンドの木に、山さんはたばこを勧めた。

「すっきりしただろう。おまえも一服どうだ」

 山村精一。またの名を「落としの山さん」。警視庁七曲署所属の警部補として、数々の難事件、怪事件を解決した男だ。

 退職後、農民としての第2の人生を歩みはじめてから十数年が経つが、山さんの鋭いカンはまったく衰えていない。たわわに実ったグレープフルーツを遠くからながめるだけで、収穫の時期に達したことがわかる。実を手に取らなくてもいい。糖分測定器も要らない。長年の刑事人生のなかで養われた動物的なカンだけが頼りだ。そんな山さんを「見込み農家」と呼んで軽蔑する人がいる。しかし、山さんの農作業が、高価な収穫用の機械や臨時の人手に頼る必要のない画期的なものであることを否定できる人はいない。

「なぁ、グレープフルーツよ。おまえはグレープを名乗ってはいるが、ぶどう科ではない。みかん科だな。ぶどうのように一つの枝にたくさん実ることを口実に、グレープを詐称しているんだろ。そうだな。ほら、この通り、おまえの故郷、西インド諸島バルバドス諸島のご両親が、上申書を出してるんだ」

 ここで山さんは、グレープフルーツから視線を離し、西の地平線を眺めた。

「西インド諸島には今年も、ハリケーンが上陸するだろう。年老いた木に、ハリケーンは厳しかろう……」

 直径15センチほどもある黄色い実が、次から次へと落ちてきた。山さんはボタボタという重たい響きを背中で聞きながら、悪人に生まれてくる果物などこの世に一つもないと、しみじみ思うのである。

「現場百遍」という捜査の鉄則は、農業にもそのままあてはまる。山さんは朝、昼、夜、そして真夜中に、何度も畑に足を運び、作物が順調に育っているかどうかを確かめる。日頃から作物に優しく声をかけることも忘れない。

「おう。元気そうじゃないか。いいか、何度もいうが、おまえは決して横縞なやつじゃない。そろそろ白状したらどうだ」

 ところが、やや小振りな緑と黒の縦縞は、まるで黙秘権を行使しているかのように、地面の上に転がったまま微動だにしなかった。少なくとも、あと1カ月は落ちそうにない。山さんは、スイカとの長期戦を覚悟したのだった。

NIFTY-Serve FCOMEDYS 第2回嘘競演参加 お題:『落ちる』



 動燃、早期報告体制を確立

1996/12/29



 動力炉・核燃料開発事業団(動燃)の遠藤俊幸理事長は17日、近岡理二・科学技術庁長官を訪ね、今後3年間の事故報告書を提出した。動燃の各事業所では相次いで深刻な事故が発生しているが、その度に地元自治体や科学技術庁への報告の遅れが問題になっている。今回は失墜した信用の回復をめざし、事故発生に先立って報告を提出したもの。

 報告によれば、今年いっぱい事故の予定はない。もんじゅ、ふげん、東海事業所の三大事業所がすべて操業を停止した状態では、「事故を起こしたくても起こせない。いや、起こしたいわけではないが……」(動燃幹部)。

 来年夏には、東海事業所が核燃料のリサイクルを再開するが、秋口には小規模な放射能漏れを伴う爆発事故が起きそう。職員食堂のガス爆発のために、一次冷却水のポンプにヒビが入る可能性が高いという。

 この事故でも、事業所の関係者が口裏を合せて虚偽の報告を行うことになっている。動燃では近く、不正への関与が予定されている部長や課長など4人を更迭する方針。科学技術庁では4人を来週中にも告発する方針を固めた。茨城県警では、原子炉等規制法違反(虚偽報告未遂)による立件が可能かどうか、検討を重ねている模様だ。

 原発反対派からは、動燃の管理能力を疑問視する声が出ているが、動燃幹部は、「今回の報告を嘘にしないためにも、予定通り事故を発生させたい」と力強い口調で語っている。



 39枚のレリーフ

1997/5/3



「記憶力が良いほうではありませんが、あの日のことは今でもはっきりと覚えています。調布の飛行場に、スタッフと歌のおねえさん候補が集合しました。オーディション参加者はすでに、ルックスや歌唱力、ダンスなどのテストで絞りこまれていました。あの時点でまだ残っていたのは、5人くらいだったかな。誰が選ばれても不思議じゃなかったんですよ。最終テストが始まる前までは。

「僕たちが出ている番組を観てもらえばわかるんだけど、歌のお兄さんは、ずうっと笑っている必要はないんです。ブスッっとさえしてなければ、笑ってなくたっていい。ときどき微笑むだけで充分なんです。歌のおねえさんはそうはいきません。常に満面に笑みを浮かべていないと、視聴者のお母さんから『あの歌のおねえさんは愛想が悪い。すぐ替えろ』って投書が山のように来るらしいですよ。

「結局、大事なのは忍耐力ですね。何十人という子供に囲まれていれば、イライラすることもあります。幼稚園の先生だって、きっと、1年に1回くらいは切れますよね。でも、歌のおねえさんは決して切れちゃいけません。そんなことしたら、視聴者のお母さんが受信料を払ってくれなくなる。足を踏まれても、テレビに映っていないとき、後ろから思い切り蹴られても、笑ってるんです。人並みの忍耐力じゃ、とても務まりませんね。あの仕事は。

「で、オーディションの話だけど、滑走路の端には、どこから借りてきたのか、ボルボのオープンカーが1台用意されていました。変わっているのは、そのボルボ、フロントガラスがないんですよ。助手席に歌のおねえさんの候補が乗って、滑走路の端から、もう一方の端に向けて走るんです。滑走路の上には、数十メートル間隔で学生のアルバイトが、厚さ5センチの桧の板を持って立っていました。

「ボルボが走り始めると同時に、おねえさん候補は『いぬのお巡りさん』を歌いはじめます。もちろん、満面の笑みとともに。ところが、1小節が終わるごとに、アルバイトが桧の板でおねえさん候補の顔を思いっきり引っぱたく。それで、歌が止まったり、泣き出したりしたら不合格です。みんな、5小節もいかないうちに諦めました。

「でも、あゆみさんだけは違ったんですよ。叩かれても叩かれても、全然笑みが消えない。鋼鉄の微笑みって感じ。あっという間に2番まで終わっちゃった。ボルボがこっちに戻って来たら、あゆみさん、鼻血は出してるけど、『こんなの全然平気』って笑ってる。プロデューサーは、腰を抜かしてたな。

「さらに驚いたことに、『桧の板なんておもしろくないから、今度はアルミの板でやってください』って、あゆみさんが申し出たんですよ。『そんな物、準備してないよ』ってディレクターが断ったら、なんと、あゆみさんはアルミ板持参で飛行場に来ていたんです。

「そこまでしてもらって、断るわけにいかないでしょ。もう1回、あゆみさんにボルボに乗ってもらい、また歌わせることにしたんですよ。死ぬんじゃないかとハラハラして見てましたが、大丈夫でした。今度も2番の最後まで、立派に歌いました。プロデューサーも迷わず決断しましたね。『次の歌のおねえさんは、茂森あゆみさん、あなたです』って。

「この話を友達にすると、作り話だろって、誰も信じてくれないんです。そんなときは、証拠を見せに、愛宕のNHK放送博物館に連れて行きます。あゆみさんの笑顔がくっきりと刻まれた39枚のアルミ板レリーフを見ると、みんな腰を抜かしますよ。

「あれから何年も仕事を一緒にしていますけれど、あゆみさんの笑顔を間近に見ると、オレもアルミの板で引っぱたいてみたいなって思うこと、ときどきありますね」

(「歌のおにいさん」速水けんたろう氏 談)



 世界最高速

1997/5/11



アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、シロアゲル。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、シロアゲナイ。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、アカアゲル。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、アカアゲナイ。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、シロサゲル。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、シロサゲナイ。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、アカサゲル。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、アカサゲナイ。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、シロアゲル。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、シロアゲナイ。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、アカアゲル。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、アカアゲナイ。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、シロサゲル。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、シロサゲナイ。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、アカサゲル。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、アカサゲナイ。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、シロアゲル。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、シロアゲナイ。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、アカアゲル。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、アカアゲナイ。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、シロサゲル。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、シロサゲナイ。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、アカサゲル。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、アカサゲナイ。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、シロアゲル。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、シロアゲナイ。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、アカアゲル。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、アカアゲナイ。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、シロサゲル。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、シロサゲナイ。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、アカサゲル。アカアゲテ、シロアゲテ、アカアゲナイデ、アカサゲナイ……

(ディープ・ブルーが得意なのは、チェスだけではない)



 大相撲ミニ情報

1997/5/21



 水戸泉が20日朝、民主党代議士とともに国の干拓事業が進む諫早湾を訪問。持参した塩を勢いよく投げて淡水化に「待った」をかけたのだが、塩分の濃度が上昇しすぎてムツゴロウもカキも死滅した。=写真=「ちょっと多すぎたかな」と反省する水戸泉。



 欲深い笑い

1997/5/23



 東京・上野の著名な演芸場で、毎月2回、団体向けの深夜特別興行が行われることは、落語ファンの間でもほとんど知られていない。もっとも、この演芸場は場所を提供しているだけであり、寄席の番組の内容は演芸場の責任者にもわからない。

 一般客や落語家たちが帰ってから一時間もたったころ、特別興行の客を乗せた高級車が次々と寄席の前に横付けした。総会屋の弟や元カナダ大使の顔も見える。入り口の前で、もぎりが客たちの差し出す入場券を一枚一枚念入りに確認しているのは、招かれざる客の入場を防ぐためだ。

 俗に「ガリバー」と呼ばれる巨大企業から、株式投資残高が5,000万円を上回る大口投資家だけに送られたその入場券には、「野村VIP高座」と記されていた。野村社員に「ドブ」と蔑まれる小口の投資家に、このような催しが開かれることは知る由もない。

 開演5分前。二番太鼓の音が聞こえてきた。場内はすでに満席。立ち見の客もいる。開演前の寄席とは思えないほど、場内は静かだ。ただ時折、

「フッ」
「ブハッ」

などと、観客が吹き出す音が客席の静寂を破るのが聞こえる。高座の上には誰もいないのに、すでに笑いをこらえきれない客がいるのは、これから登場する出し物がよほど面白いからなのか。

 最初に登場したのは、羽織姿の田淵元社長。座布団の上に正座し、両手をついてお辞儀したあと、客席を見据えて、たった一言、こう叫んだ。

「ワラント!」

 その途端、場内が異様な笑いに包まれた。

「グハハハハハ」
「ブッハッハッハッハ」
「ウッハッハ、ウッハッハ」

 普通の寄席とは、笑いの質がまったく違う。それは、大多数の人間の損失があってこそ成り立つ、陰湿で強欲な笑いだった。元社長はすぐに舞台の袖に消えたが、笑いは約30分間にわたって延々と続いた。

 次の演者は、これも羽織姿の田淵元会長。元社長と同じく、噺は一言で終わった。

「付け替え!」

「グッ、グッ、グハハハハ」
「ブッ、ブッハッハッハッハッハッハッハ」
「グワッ、グワッ、グワッハッハ」

 観客はみな、涙を流し、客席から転げ落ち、腹筋を痙攣させながら笑っていた。もう笑いたくはないのだが、どうにもこうにも止まらないといった、痛々しい笑いかただった。

 トリはダブル田淵。元会長と元社長が、オーソドックスな漫才師のようなネクタイ姿で出てきた。

「お前たちも……」
「悪い奴よのう」

「グッ、グッ、グッ、グッ、グッ、グッ、グッ、グッ、グハハハハ」
「ブッ、ブッ、ブッ、ブッ、ブッ、ブッ、ブッハッハッハッハッハッハッハ」
「グワッ、グワッ、グワッ、グワッ、グワッ、グワッ、グワッハッハ」

 観客の、人間の醜さをあらわにするような笑いは頂点に達し、そして、朝方近くまで続いた。

 東京地検特捜部では、「VIP高座」の観客数人に任意で出頭を求めて事情を聴く方針。しかし、観客の多くは現在でも、「ワラント」「付け替え」「悪い奴」と聞くだけで笑いが止まらなくなるといわれ、捜査は困難を極めそうだ。





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