[やゆよ記念財団] やゆよ記念財団
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 ここには1996年6月5日から1996年9月4日までに発表された15本の嘘が収録されています。



■日本の農業はいま

 和歌山県の丘陵地帯をヘリコプターから見下ろすと、周囲の緑に不釣り合いな銀色の倉庫が立ち並んでいるのが見える。

 みかん農家の冷凍倉庫だ。中で栽培されているのは「冷凍みかん」。零下20度で栽培され、凍ったまま出荷、販売される。

 みかん冷凍栽培の第一人者、若杉幸治さんが十年前、みかん畑の中心に初めての冷凍倉庫を建てたとき、農協の幹部の一人は若杉さんに真剣に入院を勧めたという。しかし、若杉さんの心中にはある計算があった。

 日本がみかん市場を開放したあとも現在の方法でみかんを栽培していては、到底輸入みかんとの競争に勝つことができない。しかし、特定のニーズにターゲットを絞り込めば、わずかな望みがあるのではないか──。

 それまでの冷凍みかんは、通常のみかんを凍らせただけだった。従来品種は気温が一定以上に保たれないと育たない。そこで若杉さんは、和歌山産のみかんと、寒さに強いシベリア杉を交配することにより、氷点下でもおいしいみかんを実らせることのできる新品種を開発した。味は従来の冷凍みかんとほとんど変わらないが、「生の冷凍みかん」という宣伝が消費者に受け入れられ、JR各社による販売量のうち8割は若杉さんの開発した「生」が占めるに至った。若杉さんは現在、「網入りの生冷凍みかん」の開発に取り組んでいる。

 みかん、牛肉、コメ──。ここ数年のうちに、国際社会からの圧力を受け、日本政府は農産品市場の門戸を諸外国に次々と開いた。日本の農業の将来を楽観する人は皆無に等しかった。

 しかし、国産農作物は高品質と特定のニーズへの対応を武器に、輸入農作物が攻勢を強める市場にあって、シェア死守に成功している。

 宮城県仙台市の佐々木家では、主婦の礼子さんが夕食の支度をしている。献立の主役は牛肉とピーマンの炒めもの。礼子さんはまず、スーパーで買ってきたピーマンを千切りにする。しかし、礼子さんの二人の息子はいずれもピーマンが大嫌いだ。それは礼子さんにもわかっている。だからこそ、礼子さんは「ピーマンが嫌いな子供用のピーマン」を買い求めたのだった。

 「ピーマンが嫌いな子供用のピーマン」は、残されて、残飯として捨てられることを想定して栽培されているから、味はまずい。その代わり、見た目は良く、価格も通常のピーマンより若干安い。ピーマンの中にパールの指輪を入れる景品キャンペーンも効果もあってか、いまや日本のピーマン農家の半分以上が「ピーマンが嫌いな子供用のピーマン」を栽培するようになった。

 ねぎの世界でも細分化が進んでいる。野菜市場に行くと、実に多種多様なねぎがある。「冷奴用のねぎ」「中華料理用ねぎ」「鼻がつまったときに鼻孔に詰め込むためのねぎ」「避妊用のねぎ」「鴨南蛮用のねぎ」「本当は鶏肉を使っている鴨南蛮用のねぎ」などなど。ねぎが「万能ねぎ」だった時代は、遠い過去のものになってしまったようである。

 しかし、こうして野菜の細分化、専門化が進んでしまうと、料理する側からみると不便なところもある。冷凍みかんは、みかんジュースにはできない。冷奴用のねぎは、中華料理には使えない。「ピーマンが嫌いな子供用のピーマン」を使って避妊しても意味がないことは、言うまでもない。いまはもう、冷蔵庫に残っているクズ野菜を使って野菜スープを作るような時代ではないのかもしれない。

 いや、心配はご無用。スーパーに行けば、「野菜スープ専用 冷蔵庫に残っているクズ野菜セット」がちゃんと販売されている。

1996/6/5



■ヒロセ君の夏

 また、夏がやって来た。スイカ、かき氷、夏服、セミの声、甲子園の地方大会。どれも、あの夏と同じだ。

 ボクは、今年もまた、高校3年のあの夏を思い出していた。一生に一度しかやって来ない、特別な夏を──。

* * *

 ボクは高校生のころ、物理部に入っていた。テニス部や、バスケット部と同じように、物理部にも大会というものがある。そんな話をすると、ほとんどの人が物理の研究発表会や、せいぜい実験の正確さを競う大会を想像するのだが、そうではない。物理の競技会では、参加者が自分の肉体を使って、教科書に載っているごく基本的な物理の法則をどこまで忠実に再現できるかを競うのである。

 その年の物理部には、ボクを含めて5人の3年生がいた。競技は普通、団体戦形式で行われ、4種目の総合得点を競う。1種目に参加できるのは1人だけなので、ボクはコーチ兼物理教師に命じられるまま、補欠になった。

 同じ県に物理部のある高校が少なかったこともあり、ボクたちは簡単に県大会を突破し、東京の国立競技場で開かれた全国大会へと駒を進めた。

 全国大会の最初の種目は、

 静止している物体に一定方向への力が加わり、この物体は3メートル毎秒毎秒で加速した。動きはじめてから10秒後のこの物体の速度を求めよ。ただし、空気抵抗や摩擦はいっさいないものとする。

という、見た目には中学生でも解けそうな簡単な問題だった。

 答えは、

3(m/s^2) × 10(s) = 30(m/s)

 競技会では、選手が実際にこの物体の運動を再現しなければならない。ボクたちのチームからは、タカハシ君がこの種目に参加した。タカハシ君はスタートの1時間前から、「ただし、空気抵抗や摩擦はいっさいないものとする。ただし、空気抵抗や摩擦はいっさいないものとする……」と自分に言い聞かせ、見事に静止状態から10秒をかけて30メートル毎秒に加速した。30メートル毎秒といえば時速108キロだが、心頭滅却して純粋な「物体」になったタカハシ君にとっては全く苦にならなかったようだ。

 第二問は、

 温度が36.5℃、質量が65Kg、比熱が1.2カロリー/(g・℃)の物体に、100万カロリーの熱を加えた。このときの物体の温度を求めよ。ただし、物体が100万カロリーの熱、すべてを吸収し、物体の熱がまったく外部に伝達されないと仮定すること。

 答えは、

1000000(cal) / (1.2(cal/g・℃) * 65(kg) * 1000) + 36.5(℃) = 49.32(℃)

 しかし、二番手のアライ君がこの現象を正確に再現するためには、恒温動物としての性(さが)を捨て、一時的に変温動物にならなければならない。アライ君は見事に、「俺はヘビだ。ニョロニョロ」と心の中でつぶやきながら、体温を49.32℃まで上昇させた。いつもはクールなアライ君が全身を真っ赤にして「私の前世は天草四郎時貞」などとうわごとを言っていたのは、やはり高熱のためだったのだろう。

 第三の種目は、自由演技である。

 ファラデーの法則、マックスウェルの法則に従い、電波を発生させて、ラジオ番組を制作せよ。

 われら物理部の代表、ヤマモト君は、巨大な磁石を手にし、それを文字通り目にも止まらぬスピードで小刻みに震わせた。マックスウェルが予言した通りに電磁波が発生し、ラジオから

「ラジオ人生相談」

が聞こえて来た。他校の選手が奏でた「ジェットストリーム」や「アメリカントップ40」も良かったが、両親が離婚して幼いころから苦労を重ねたヤマモト君のリアルな悩みには遠く及ばなかった。

 最後の種目には、主将のヒロセ君が出場した。問題は、

 質量75キロの物体がエネルギーに転換されたとき、そのエネルギーの大きさはどれだけになるか。相対性理論を用いて求めよ……

* * *

 ヒロセ君の活躍がダメ押しになり、ボクたちは優勝旗を母校に持ち帰ることができた。夏休みが終わったあと、タカハシ君、ヤマモト君、天草四郎君、そしてボクの4人で、アイスキャンディーを食べた。アイスキャンディーが大好きだったヒロセ君がその場にいないのが、残念でならなかった。

 その年は、記録的な暑さだった。タカハシ君、アライ君、天草君、そしてボクも口に出しては言わなかったが、心の中ではみな、ヒロセ君の放った

75(kg) × (2.99792458 × 10^8(m/s)) ^ 2 = 6740663840526000000(J)

のエネルギーがボクたちを見つめていることに気がついていたと思う。

1996/6/9



■住商巨額損失で新金融商品登場

 住友商事の銅地金取引にからむ巨額損失で一躍世界の注目を集めたロンドン金属取引所(LME)で、新たに後悔の先物が取引されることになった。

 「後悔先に立たず」という昔からの格言に従い、後悔は当日売買、即日決済の直物取引が原則とされてきた。しかし、住商、大和銀行、旧ベアリングス銀行などが商品、債券、デリバティブの取引などで巨額の損失を記録したことを受け、市場の関係者の間では、将来するであろう後悔をあらかじめ確保できるようなリスク回避の手段を提供するべきだ、との声が上がっていた。

 今後は危険な取引に従事しているディーラーやトレーダーが、あらかじめ数ヵ月先、数年後の後悔を確保しておくことができるようになる。万一、予測が外れて巨額の損失が発生したとしても、すでに後悔していれば慌てなくてすむというしくみだ。

 初めての立ち会いは17日、月曜日に行われる予定だが、日本の商社や銀行、生保が莫大な後悔を必要としているとの見方が強く、寄り付きの相場は1ジタンダ500ポンド以上になりそう。

 住商、大和銀行の重役、および旧ベアリングス銀行の元経営者は、これまで後悔の先物取引がなかったことを悔やんでいるが、残念ながらこの悔しさは取引の対象にはならないという。

1996/6/15



■私の妻は、ジャンケンが強いんです

 昨日の夜のことです。子供がようやく眠ったあと、私は雑誌を読み、妻はゲラゲラ笑いながら、ケーブルテレビでやっていた香港映画を見ていました。

 お腹が空いたので、「何かない?」と聞くと、妻はテレビの中のホイ三兄弟から目を離さないまま「冷蔵庫にチョコレートが入っている」と答えました。

 私は台所に行き、チョコレートを持って寝室に戻りました。

 それは、このへんのコンビニで売っている、ヨーロッパ製のちょっと高いチョコレートでした。ビニール袋のなかに、ゴルフボールくらいの大きさのが七つ入っていました。私は雑誌の続きを読みながらチョコレートを食べました。妻はやはり、ホイ三兄弟のオーバーなアクションを超えるようなオーバーなアクションで大笑いしていました。でも私は、ホイ三兄弟が妻のストレスを解消してくれるならそれも良いと思い、妻をとがめることなく雑誌を読み続けました。

 しばらくして、チョコレートを取ろうとした私の手が妻の手に当たりました。私は3個を食べ、妻も3個を食べたので、残っているのは1個だけです。「ジャンケンで決めよう」と私が提案すると、妻はやはり笑いながら、「いいよ」と答えました。

 私が「ジャンケン」と掛け声をかけると、妻は初めて私の方を見て、真面目な顔で「私、グー出すからね」と告げました。妻はいつもこういうことを言って、私を惑わせるのです。

 私は考えました。

(向こうがグーなら、こっちはパーを出せば勝てる)。

 しかし、こんな素直な手で勝てたことは今まで一度もありません。妻は、私がそう考えることなど、とっくにお見通しなのです。

 そこで私は考えました。

(こっちがパーを出すと考えて向こうはチョキを出すから、こっちはグーを出す)。

 しかし、妻は裏の裏を読んでいるかもしれません。ひっくり返って笑ってはいますが、妻には得体の知れない部分があるのです。私は思考を続けました。

(こっちがグーを出すと考えて、向こうはパーを出すから、こっちはチョキを出す)。

 私はチョキを出しましたが、妻が出したのはグーでした。妻は最後のチョコレートを獲得し、すぐに食べてしまいました。

 私はまたも、裏の裏の裏をかかれたようです。香港映画にバカ笑いしている様子からはまったくうかがい知ることはできませんが、妻は先読みの能力については天才的なものを持っています。

 小さいころ、決して勉強ができるほうではなかったはずの妻が、どのようにして先読みの能力を身につけたのかはわかりません。ホイ三兄弟に秘密があるのかもしれないと思い、私もそのあと、妻と一緒に夜中の2時まで映画を見たのですが、凡人の私にはホイ三兄弟のコテコテのギャグを観てゲラゲラ笑うのが精一杯でした。

1996/6/24



■今日はなんの日?

6月27日

 1600年のこの日、ロンドンで東インド会社が世界で初めての株主総会を開いた。出席したのは出資した貴族など31人。経営陣の示した方針に一部の株主が反発し退場する一幕があったが、結局はインド、東南アジアとの貿易を積極的に推進するという方針が了承された。以後、東インド会社は膨大な利益をもとにインドの王族から権力を奪い、実質的なインド統治者として君臨することになる。

 日本でも6月27日は<株主総会の日>。上場企業の9割が株主総会を開く。

6月27日

 1600年のこの日、ロンドンで東インド会社が世界で初めての株主総会を開いた。席上、出資した貴族の一人、ブラックメイル伯爵が船舶購入をめぐり重役の多くがリベートを受け取っていた事実を明らかにした。ところが経営陣は、伯爵が東インド会社を繰り返しゆすっていたことを逆に暴露した。激怒した伯爵はティーカップを机に叩きつけて退場した。

 インド支配に悪影響が及ぶことを恐れたエリザベス一世は、ブラックメイル伯爵に刺客をさしむけたが、伯爵は国外に逃亡、中東、モンゴル、朝鮮半島を経て、最後は鎖国前の日本にたどり着いたとの言い伝えも残っている。

 日本では、6月27日は<総会屋の日>。上場企業の9割が総会屋対策に頭を悩ませる。

1996/6/27



■飲む匂い消しをご愛用の皆様へ(緊急)

 弊社では1994年3月より飲む匂い消しを発売し、以来、のべ2000万人のお客様にご愛用いただいてまいりましたが、その後弊社に寄せられたお客様からのクレームで、匂いが消えるのは匂いのもとが分解されるからではなく、匂いのもとが体内に蓄積されているためであることが判明いたしました。これまでのところ死亡事故は発生しておりませんので、どうか落ち着いて、下記のご説明を最後までお読みください。

 匂いの成分の体内での蓄積が飽和状態に達すると、生物学的、化学的作用により、それが一挙に体外に排出されます。匂い消しを飲み始めてから飽和状態に達するまでの期間は約800日ですが、豆類の摂取量が多いかたは若干早くなります。

 匂いの成分が排出される時間を前もって正確に予測することはできませんが、匂いの成分が排出された瞬間には必ずわかります。半径500メートル以内にいる人にもわかります。新聞の地方欄やテレビのローカルニュースで紹介されるのは確実ですので、あらかじめインタビューへの答えを考えておいてください。

 匂いの成分は可燃性です。火の取扱に充分ご注意ください。

 できるだけ死なないでください。匂いの成分を体内に残したまま亡骸が火葬されると大爆発の危険性があります。土葬、水葬はそれぞれ土壌汚染、水質汚染の原因になることがあります。

 匂いの成分がガス化している場合、体内の圧力が著しく高まっています。はり・きゅうによる治療を受ける前には、患者もはりきゅう師も必ずヘルメットを着用するようにしてください。

 飽和寸前のかたはお住まいの都道府県の知事から重要無形危険物(通称:人間爆弾)の指定を受けることがあります。

 お電話またはお葉書で弊社お客様相談係にご連絡いただければ、秘密厳守のうえ、匂いの成分償還剤を無料で郵送させていただきます。匂いの成分償還剤をお飲みいただきますと、匂いの成分が徐々に放出されます。新たに体内で合成される匂いの成分も同時に放出されるため、匂いは通常の2倍になりますが、飽和レベルぎりぎりの人でも3年間の辛抱です。

1996/6/29



■ある25ヵ年計画

 オリンピック開会式の前夜、中国・広東省広州市。

 旧市街の一角にある広東料理の老舗、「平彭楼」のなかで、店の主人が特別な客の到来を待っていた。すでに閉店時間を過ぎており、普通の客は一人も残っていない。いつもならコックの見習いたちが店の掃除をしている時間だが、今日は小遣いを与えて「たまには遊んで来い」と命じた。

 25年前に会ったきり、一切連絡のなかった客人が突然電話をかけてきたのは今朝のこと。「今夜11時に取りにいく。いいな」とだけ告げ、主人の答えを聞かずに電話を切った。

 しかし、主人には声の主が誰であるか、よくわかっている。今年が「25年目」であることも、今年の春節のころから常々意識していた。

(25年前は、林彪が外蒙古で死んだ年だったな)

 そんなことを考えているとき、黒塗りのワゴンが店の前にとまった。下りてきたのは数人の白衣の男たち。先頭に立つ白髪の老人だけ、かすかに見覚えがあるような気がする。

「お久しぶりです」

という主人のあいさつと笑顔を無視して、男たちは厨房へと入って行く。

 老人はいちばん大きなコンロの前で立ち止まり、換気扇を指さした。部下が懐中電燈をとりだし、換気扇の羽根を照らす。どす黒い油が数センチの厚さでこびりついているのは、中国全土のあらゆるレストランと同じだ。奇妙なことに、羽根のうち一枚がうちわのような形をしている。大きさは普通のうちわよりも一回り小さく、取っ手の部分がやや長い。

 白髪の老人は、部下に向かってうなずいた。すぐに部下がドライバーでうちわ状の物体を取り外し、ジュラルミンのケースに入れた。

 白衣の男たちは一言も発せずに車に乗った。白髪の老人はドアを閉める直前、店の主人を見て

「ご苦労」

とだけ言った。ワゴンはすぐに、夜の街のなかに消えた。

 店の主人は、深いため息をついた。25年前に党から命じられた任務をようやく果たしたのだという安堵と、娘を嫁に出すのにも似た寂しさが入り交じったため息だった。

 24時間後。アメリカ・ジョージア州アトランタ。

 「平彭楼」の換気扇から外された黒い「うちわ」は、中国女子卓球チームのエース、トウアヘイさんの右手に握り締められていた。バルセロナ五輪での女子卓球シングルス、ダブルスの金メダリストは、四半世紀にわたって蓄積された粘着力を武器に、前人未到の2種目連覇に挑む。

1996/7/19



■ソフトウェア使用許諾契約書

 ソフトウェアのパッケージを開封する前に、この使用許諾契約書の内容をよくご確認ください。ご了承いただけない場合には、未開封のソフトウェアパッケージ、一切の付属品、およびこのソフトウェアをお買い求め頂いた販売店が提供したコーヒーを速やかに返却してください。人差し指はお客様のをご使用ください。

 ご了承いただけないが、ソフトウェアの内容をちょっとだけのぞいてみたいというお客様は、土曜ワイド劇場「家政婦は見ていた」シリーズと同様の手法を使い、ヤカンから出て来る水蒸気をシールにあててからパッケージを開けるようにすれば、誰にも気がつかれません。土曜ワイド劇場はそのほかにもいろいろと参考になるので、毎週欠かさず見るようにしてください。

 このソフトウェアを、機械的、電子的、磁気的、思想的、哲学的、美学的、または歴史的にコピーしないでください。プリントゴッコ、棟方志功風版画、ものまね王座決定戦、念写によるコピーもご遠慮ください。

 このソフトウェアの使用によりいかなる損害が発生したとしても、弊社は一切責任を負いません。地球防衛軍のパソコンがこのソフトウェアを使用中にハングアップし、人類が滅亡しても、ほえづらかかないようにしてください。

 念のため、このソフトウェアをご使用の前に、アンドロメダ星人に試してもらうことをおすすめします。

 このソフトウェアを日本国内でお買い求めいただいた場合、使用許諾契約には日本国の法律が適用されます。ソフトウェアの使用にからむ紛争が起きた場合、これを武力で解決することは憲法第9条に違反します。かならず、国連軍に参加してから実力行使するようにしてください。

 このソフトウェアをイラク国内でお買い求めいただいた場合、ハムラビ法典が適用されます。違反した場合にはウダイ氏にゴルフクラブでボコボコにされるので、ご注意ください。

 このソフトウェアをアメリカ合衆国ニューヨーク市でお買い求めいただいた場合、自分の生命は自分のピストルで守って下さい。

 このソフトウェアを朝鮮民主主義人民共和国内でお買い求めいただいた場合、偉大なる民族の指導者の思想が適用されます。

1996/7/26



■パンツ洗ってくれ裁判は原告敗訴

 「ボクのパンツを洗って欲しい」という言葉が正式なプロポーズになりうるかどうかをめぐり争われていた裁判の判決が、東京地裁であった。山越憲一裁判長は「パンツの洗濯が夫婦生活を成り立たせる必要かつ十分な条件だとは認められない」との判断を示し、原告側の主張を全面的に退けた。

 この裁判では都内に住むOLのAさんが、5年前から交際していた会社員のBさんを婚約不履行で訴えていた。訴状によればBさんは平成3年の8月、フランス料理をAさんと食べたあと、Aさんの手を強く握りしめて「ボクのパンツを洗って欲しい」と言った。Aさんが黙ってうなずくと、Bさんはその直後から着用したパンツを毎日届けるようになった。Aさんは「前金みたいなもの」だと思い、今年3月まで黙々とパンツを一枚一枚手洗いしては表と裏からきちんとアイロンを掛け、Bさんに返していたが、いつまで経っても式の日取りや新居など結婚の具体的な話が進まないためBさんに問いただしたところ、「結婚の約束などした覚えはない」と言われたという。

 判決のなかで山越裁判長は「Aさんの行為は献身的であるが、パンツが夫婦生活のすべてではない。私の知人にも激務の合間を縫って妻のパンツを洗っている献身的な男がいたが、結局それは見せかけの愛であり、やがて破局を迎えた。AさんもBみたいな男のことは忘れて、早くあなたのパンツを洗ってくれる献身的な男を見つけて欲しい。なお、献身的な男とは誰あろうこの私である。Aさん、私と結婚してくれますね」と述べた。

 Aさんは基本的には判決を受け入れる構えだが、苦い失敗を経験しているだけに、弁護士と慎重に検討してから対応を決めたいと説明している。

1996/7/26



■板橋の珍味

 知り合いの漁師、ゲンさんが「珍味中の珍味」を食べさせてくれるという。日曜日の朝5時、待ち合わせ場所の木更津港に行った。

「悪いけど、これをしてくれ」

と、ゲンさんが手渡したのは目隠しである。その珍味は秘密の場所でしか獲れないので、目隠しすれば連れて行ってやるという条件だった。

 ゲンさん、ゲンさんのおいで弟子のギンちゃん、そして目隠しをした私を乗せた小さな漁船は、波のほとんどない早朝の海に向けて出発した。

 1時間も経ったころだろうか、ゲンさんの声がした。

「降りるぞ」

「ゲンさん。目隠し、外してもいいかな」

と尋ねたが、ゲンさんは

「だめだだめだ。ここから、歩いて行くんだ」

と、厳しい。私は、体格のよいギンちゃんに抱えられるようにして船を降りた。地面は草原のようだ。どこか、離れ小島にでも連れてこられたのだろうか。テレビ番組で紹介されそうな「珍味中の珍味」の絶好の舞台である。

 ところが、歩いているうちに地面が滑らかになった。アスファルトかコンクリートのようだ。すぐ近くからトラックが走る音も聞こえて来る。どうも離れ小島ではなく、街の真ん中らしい。

「もうちょっと辛抱してくれよ、秘密の場所だからな……」

と、ゲンさんは申し訳なさそうに言った。本当のことを言うと、私は、

「高島平団地にお住まいの皆様、古新聞、古雑誌はございませんか」

というスピーカーの声が聞こえたのだが、ゲンさんに悪いので黙っていた。

 しかし考えてみれば、「珍味中の珍味」が離れ小島に存在するというのは、一種のステレオタイプである。珍味とは縁がまるでないと思われる高島平で食べる珍味というのも、またおもしろいのではないか。

 ゲンさんが目隠しを外してくれたとき、私たち3人は小さな公園の中にいた。ゲンさんは身振りで、木陰で待っているよう私に命じてから、姿勢を低くして小学生の男の子たち数人がラジコンカーで遊んでいる場所に歩み寄った。身長が190センチはある大男のギンちゃんが、重そうな網を引きずって後ろからついていく。

「ギン、いまだ!」

というゲンさんの叫びとほぼ同時に、ギンちゃんが網を投げた。子供たちは機敏に反応して逃げたが、ポルシェ、F1、フェラーリなど数台のラジコンカーが引っ掛かっている。

「おー、大漁、大漁」

 ゲンさんは嬉しそうに言った。子供たちが「返せ、返せ」と叫びながらついてくるが、そんなことにはお構いなしで荒川の岸辺に戻った。

 船を出してから、ゲンさんは網からラジコンカーを一台一台丁寧に取り出した。堤防の上から我々を睨んでいる子供たちがプロポを操作したのだろう。一台のポルシェが突然動き出したが、ゲンさんが慣れた手つきですぐ押さえつけた。ウィーン、ウィーンと哀れな音を響かせているポルシェに向かって、ゲンさんが棍棒を振りおろすと、ボディが粉々に割れて中の部品が丸見えになった。ゲンさんはまだ回っているモーターを素早く取り外して、丸呑みにした。

「うんめぇ〜〜〜。夏休みのマブチモーターは、たまんねえなぁ。おい、ギン。おまえも食えよ」

 操舵をゲンさんにまかせたギンちゃんは、三つのマブチモーターを一度に呑み込んだ。彼もまた、言葉では言い表せないマブチモーターの旨さを、大きな顔一杯に表現している。

 ギンちゃんは、私のためにラジコンカーを分解し、太い指でマブチモーターをひとつつまんで私にくれた。

 恐る恐る、口の中に入れてみる。固くてとても噛めたもんじゃない。思い切って呑み込むと、かすかな油の香りがした。芳ばしい。私は思わず叫んだ。

「うまい!」

 やはり、つい5分前まで動いていたことがおいしさの秘訣なのだろうか。それにしても、男の子なら必ず一つや二つは持っていたマブチモーターが食用だとは、夢にも思わなかった。

 突然、ゲンさんが川の真ん中で船を止め、バッテリーを持って来て甲板の上にドスンと置いた。二本のコードを電極につないで、一本を自分の右手に握り、もう一本をギンちゃんの左手に握らせた。それから二人は私の左右に並んで立ち、両方から私を見つめた。

「いいな。そろそろいくぞ」

 私がわけのわからないままうなずくと、二人が私の手を握った。

 電流が私の全身を駆け巡った。筋肉が反応し、私の体は意味もなく躍りはじめた。同時に、胃袋のなかで何かが動いた。静かに消化されるのを待っていたマブチモーターが、電流の力を得て再び力強い回転を開始したのである。躍る私に躍る胃袋。これぞ究極の「躍り食い」である。ゲンさん、ギンちゃんもまた、静かに川下へと流されて行く船の上で、体を激しくくねらせていた。

 30分後、私は船縁に腰掛け、快い疲労感に浸っていた。ゲンさんとギンちゃんは「まだまだこれからだ」と私を誘ったが、食傷気味だったので遠慮させてもらった。

 この不思議な躍り食いの感覚をどんな文章にして伝えるべきか、私は考えあぐねた。あえて言えば、マブチモーターと一体化し、心の中を真っ白にして楽しむダイナモな味。そう表現したらいいだろうか。いずれにせよ「珍味中の珍味」であることは間違いない。

(ゲンさんとギンちゃんも、いま、心の中はきっと真っ白なのだ)

 真っ白い泡を噴きながら、今度は並列接続で躍り食いを続ける二人を見て、私はそう思った。

1996/7/26



■安全第一銀行


企業には貸しません

株には触れません

デリバティブなんて知りません

 都銀中堅行、いぶし銀行が25日、有力紙に掲載した全面広告のコピーだ。

 景気回復が力強さにかけ、企業の資金需要も伸び悩んでいるとはいえ、「企業には貸しません」と銀行の社会的使命を堂々と放棄してしまったのだから、いぶし銀に2000本もの抗議の電話が殺到したのも仕方がない。しかし広告が掲載された日、いぶし銀の全国の支店では多数の預金客が長蛇の列を作った。

 「企業には貸しません」という宣言に、預金者は「安心」を感じる。かつては高度な資金運用の代名詞でさえあった「デリバティブ」も、いまではロシアンルーレットと等号で結ばれるようになってしまった。

 いま、多くの預金者は利息ではなく安全性で銀行を選ぶ。危険な企業向け貸付や株・デリバティブとの離別を宣言したいぶし銀行が預金者の支持を得ることができたのはそのためだ。

 では、いぶし銀は預け入れられた多額の資金を、遊ばせているのだろうか。

 東京・内幸町にあるいぶし銀本店。地下2階から3階までが金庫室になっている。今年春、いぶし銀では従来の大型金庫を廃棄し、桐だんすを5000竿導入した。金庫室にずらりと並んだ桐ダンスの中には、総額5380億円の預金が眠っている。これが、いぶし銀が国内で初めて開始した「タンス預金サービス」だ。

 タンス1竿あたりの保管額は1億円強と、体積を考えればそれほど効率はよくない。しかしそれは、呉服の袖の中、背広の襟の裏など、泥棒に気がつかれにくい場所に隠すというタンス預金の基本を忠実に守っているためである。

 タンスで眠っている資金だから、利息はつかない。しかし預金者にとっては、融資が焦げ付いたり、投資が失敗して元手が失われる可能性がないことのほうが、より魅力的なのである。

 では、いぶし銀にとってはどんな「うまみ」があるというのだろうか。運用が一切できない以上、収益は全く期待できないはずである。重役の一人は

「純粋に社会的な使命からですよ」

と説明しているが、匿名を条件にインタビューに応えてくれた行員の、

「しばしば、預金をどこの引き出しにしまったのか分からなくなる」

という言葉に真実が隠されているようである。

1996/7/29



■はじめに、山川ありき

 いま、歴史学者の間で一冊の本が注目を集めている。

 それは、『社史』(山川出版社)。

 「歴史の山川」として知られる業界の中堅、山川出版社は、高校生用の日本史、世界史の教科書や参考書の市場で圧倒的なシェアを誇っている。歴史を学んだ人なら、例外なく山川の書籍を手にしたことがあるはずだ。「山川の歴史教科書に載っていなければ、それは歴史ではない」と言い切る歴史学者さえいる。

 その山川が近く、創立10万年を迎える。歴史を静かにみつめてきた山川の社史、それは人類の歴史でもある。世界中の歴史学者が注目するのは、むしろ当然といえるだろう。

 いまから10万年前、地球上に登場したネアンデルタール人は、原始的な宗教を信仰するなど、それまでの原人と比べて極めて高度な知能をもっていたが、同時に自分たちの文化を記録し、子孫たちに伝える必要を強く感じていた。こうして設立されたのが山川出版社だ。

 文字が発明されるまで、人類の歴史は山川の先輩社員から後輩社員への口述により代々伝承されてきた。しかしなかには、社内規則を無視して絵画で記録を残そうとした社員もいた。現在もフランス西南部にあるラスコーの洞窟で、そんなアウトロー社員の反抗の跡を目にすることができる。

 やがて、エジプト、メソポタミア、インダス、黄河の各地方で高度な文明が誕生した。山川の社員は、権力者の先祖代々の功績を伝承する者として重用された。このうちエジプト支社の社員は、仕事中にパピルスに鳥の絵を落書きしているところを国王に発見されて、処刑されてしまった。しかし、この社員の苦しい言い訳がきっかけとなり、象形文字が発明された。

 中国の朝廷でも、山川の社員は皇帝から歴史書の編纂を命じられた。例えば、中国支社長の司馬遷は全精力を傾けて『史記』を完成させたが、その内容が前漢・武帝の怒りを買い、宮刑に処されてしまった。山川の長い歴史のなかで、労災の適用を受けた社員は司馬遷が最初で最後だ。

 このように、まさに波乱万丈の山川の歴史であるが、なかでも山川がその存在価値を問われたのは、日本の文部省が歴史教科書の内容を変更するよう命じたときである。山川は結局、文部省からの要求に屈する形で一部の要求を受け入れた。このときの苦い経験を教訓に山川が確立した企業倫理は、日本史、世界史と並ぶ山川のヒット作、「倫理・政経」に受け継がれている。

 しかし東西陣営の冷戦が終結したいま、人類の歴史は一つの節目を迎えた。山川出版社が果たすべき役割も変わろうとしている。「社史」編纂と並行してまとめられた「社史学習ノート」の冒頭にはこうある。

「今後、社員諸君はどのような方向から歴史を記録したいか。400字以上500字以内で述べよ(句読点含む)。」

1996/8/17



■新日本語入力システム試用記

 いま、新しいWindows95用の日本語入力システム、WXHが話題になっている。毎日、大量の日本語を入力しなければならない私は、少しでもスムーズな日本語環境を求めて、発売と同時にWXHを入手した。今回はその感想を書き込むことにする。一味違う日本語環境を探している方は、是非参考にしてもらいたい。

 私が通販で買い求めたのは、CD−ROM版ではなく、FD版。CD−ROMドライブを持っていないわけではないのだが、最近、別の通販で「北島三郎全集 華麗なる軌跡」というCDのセットを買ったので、「D:」はサブちゃん専用ドライブとなっている。

 ロンドンフィルの伴奏が美しい「ちょいとすし太郎」をバックに、セットアップを開始する。マニュアルによれば、「ロボットセットアップ」なる方法もあるのだが、どうやら必要なファイルのコピーが終わるたびに「ガシャーン」と金属音が響くだけらしい。昼寝している子供が起きると困るので、私は「手動セットアップ」を選んだ。

 「手動セットアップ」には3種類の方法が含まれている。まず、普通の人のための「通常コース」、ディスクスペースを節約したい人や、単純な文章しか書かない人のための「赤川次郎コース」、つまらない内容を難しい語句を使って書くのが好きな人のための「革マル・中核派コース」、そして、日本語入力システムについて高度な知識を持っている人のための「エキスパートコース」である。

 私は、日本語入力にはちょっとうるさいと自負しているので、「エキスパートコース」を選んだのだが、間髪を入れず、「第1問 次の語句の読みかたを入力してください。 岡宮御宇天皇」というダイアログボックスが表示された。「おかみやおうてんのう」と入力し、<OK>をクリックすると、「はずれ。正解は『おかのみやにあめのしたしろしめししすめらみこと』でした。セットアップを中止します」という冷たい宣告とともに、セットアップ用のフロッピーディスクがすぐにイジェクトされ、1メートルほども飛んだ。

 私はセットアップをやり直し、今度は「通常コース」を選んだ。世界三大テナーをバックコーラスに従えた「与作」をBGMに、セットアップはトントントン拍子で進む。

 20分ほどでセットアップは終了、いよいよ、WXHを使ってみることにする。

 まず、「きしゃのきしゃはきしゃできしゃした」と入力し、変換キーを押す。「貴社の記者は汽車で帰社した」と正確に変換された。もっとも、最近はソフトのメーカーも知恵がついたらしく、あらかじめ「貴社の記者は汽車で帰社した」という語句を名詞として辞書に登録しているらしいから、あまり参考にはならない。ちなみに次候補は「貴社の記者は喜捨で帰社した」。経営の苦しい企業ならありえる話なので、誤変換と決めつけるわけにはいかないだろう。

 今度は「しずか」を変換してみた。候補は順に、

 最初の四つが、形容動詞、名前、名前、名前の旧字体であるのは言うまでもない。次のドラエモンは、しずかちゃんが入浴中、決まってドラエモンとのび太が出現するという連想による変換だ。これが、WXHの最大の特徴、連想変換である。「止血剤」は、のび太の鼻血が止まらないため、ドラエモンがポケットから止血剤を取り出したことを連想したものと思われる。「悶々」は、性に目覚めてしまったあとののび太の苦しみを示しているのだろう。将来、しずかちゃんが自分のものになることがわかっているだけに、のび太の悩みも人一倍であったことだろう、などと、私までもがいろいろなことを連想させられてしまった。

 この連想変換の開発にあたっては、NHK「連想ゲーム」の名解答者として有名だった檀ふみさんが惜しみなく協力したという。ただし、「飲食」を「のんだりたべたり」と入力するのは、違反ヒントとみなされるので注意が必要だ。「海苔佃煮」を「ももや」と入力することもできないが、これはNHKの宿命なのでしかたあるまい。高速入力が得意な人のために、正しく変換するたびに白または赤のダルマが表示されるモードも用意されている。

 サブちゃんが流暢なスペイン語で歌い上げる「はるばる来たぜメキシコ」に合わせて、私はもう一つのWXHの武器、ジェスチャー単漢字入力を使ってみることにした。WXシリーズは伝統的に単漢字入力が得意だが、それでも、多数の難しい漢字を入力しなければならないような場合にはイライラさせられることもあった。新たに開発されたジェスチャー単漢字入力では、ユーザーの身振り手振りを分析して、単漢字を選択することが可能だ。ただし、パソコンにビデオカメラ、キャプチャボードが備え付けられていることが条件になる。

 試しに、「鮃(ひらめ)」という漢字を入力してみることにしよう。私が床の上に寝そべって、ひらめが泳ぐ真似をすると、以下の候補が表示された。

「鰈(かれい)」が近いが、肝心の「鮃」が出てこないのはどういうわけだろうか。その後、約30分間にわたり、汗だくになって波形運動を続けたが、WXHにはどうしてもわからないらしい。あきらめて<ヘルプ>ボタンをクリックすると、「眼が左側に集まる様子を表現すると、カレイとの違いが分かりやすくなるでしょう」とのアドバイスが表示された。なかなかユーザー・フレンドリーな設計ではあるが、私は遊ばれていたのだろうかとの疑問が胸をよぎったことも否定できない。

 と、こんな風に、WXHは遊び心を持つ日本語入力システムなのである。多忙な仕事の最中、気分転換の機会を与えてくれるソフトウェアではあるが、現在、巷に溢れている日本語入力システムの誤変換だけでも十分に笑えるという人にとり、新たに購入する必要性はないと思われる。

1996/8/26



■風船の友情

 小学生が風船とともに飛ばした手紙への返事が、25年振りに届いた。風船を飛ばしたのは、当時、岩手県釜石市立第三小学校の6年生だった佐々木奈美子さん。現在は37歳、3児の母として家事や子育てに追われている。

 返事の差出人はベデルギウス第18惑星、ロリダレヘミオの住人、ヘミゲ・カピサキリレス君。偏西風に乗ってアメリカまで飛ぶはずだった風船が、太陽風に乗ってロリダレヘミオまで届いたらしい。

 返事をロリダレヘミオの郵便ポストに入れた当時、ヘミゲ君は11歳だった。ロリダレヘミオの1年は地球の110年に相当するが、ロリダレヘミオ星人の寿命は8千年以上なので、掛けて割ると小学生になる。

 返事はこう始まっている。

 奈美子さん、こんにちは。ぼく、ヘミゲ。11歳の男の子です。歯は56本あります。クラスで一番尻尾が長く、皮が厚くて固いのが自慢なの。嫌いなものは野菜。パパ、ママがいつも野菜を食べろ、野菜を食べろとうるさいので、家出するかもしれません。

 速達で、プレゼントのTシャツを贈りました。胸にぼくとぼくのいとこの似顔絵をかきました。右を向いているのがぼく、左を向いているのがいとこです。速達で地球に送るので、待っててください。

 奈美子さんはこのTシャツを受け取っていない。成田の税関がラコステ、クロコダイル製品のコピーだと判断し、没収処分にしてしまったのが原因らしい。

 返事は続く。

 「奈美子さんは、写真を送ってくれなかったからわからないけど、どんな人なのか、楽しみだなぁ。

 本当は、ぼく、もう決めました。家出します。しばらく奈美子さんの家に泊めてください。泊めてもらうだけでいいんです。フォーク、スプーンとか、調味料はぜんぶもっていきます。奈美子さんの家の近くでてきとうに動物をつかまえて食べます。ぼくは二本足で歩き、毛の少ない動物が好きなのですが、奈美子さんの家の近くにはいますか?

 それでは、お会いできる日を楽しみにしています。駅についたら電話します。

 ヘミゲ・カピサキリレス

 彗星マニアらの調べによれば、ベデルギウス方向から飛来した物体が、1週間ほどで地球の大気圏に突入する見通し。ヘミゲ君から電話がかかってきたら、奈美子さんは駅まで這って迎えにいくことにしている。

1996/8/31



■清流一周年
 

 川崎市内を流れる一本の川が、今日、一歳の誕生日を迎えた。

 正式名称は、「川崎市第三十八放水路」。付近の住民はみな、「清川」と呼ぶ。

 長さ三百メートル、水が流れている部分の幅は二メートル。源流からわずか四分で東京湾に注ぎこむこの短い川は、知る人ぞ知る「世界一の清流」だ。

 京浜工業地帯の中心、川崎には数多くの工場が進出している。「自然」の川は工場や企業からの排水で汚れており、飲むことはもちろん、泳ぐこともできない。そこで地元の市民グループは、数年前から自分たちの手で日本一きれいな川を作ることを計画していた。「市民の心にクリーンな潤いを与えたかった」。市民グループの関係者は、目的をそんな風に説明する。

 そして昨年の九月四日、「清川」の川底に透明な水が初めて流れた。タンクローリー百台が、最上流部にある駐車場に整列し、いっせいに医療用蒸留水を放出したのである。以来、のべ四万台近くのタンクローリーが、ピストン輸送で「清川」のせせらぎを守っている。毎日一千万円以上に達する必要経費は、川崎市に進出している企業からの寄付でまかなった。

 「清川」の水には、水の分子以外はまったく含まれていない。有機物はもちろん、ミネラルもない。煮沸してから放水するため、酸素や二酸化炭素もない。だから、プランクトンが生存できない。プランクトンがないから、虫も、魚も、鳥も、釣り人もいない。あるのはただ、無色無臭の水だけだ。

 しかし、この清らかな水は、市民グループの必死の努力により維持されている。今年三月には心無い釣りファンが、イワナの稚魚を放流した。そのまま放置しておけば、イワナのふんや死骸をプランクトンが食べ、プランクトンを食べる虫や小魚が集まり、さらには複雑極まりない生態系が形成されてしまう。一時は、トキの飛来も懸念されたほどだった。幸い、イワナの稚魚は速やかにすべて捕獲され、廃棄された。

 この事件を教訓に、市民グループは「自警団」を結成し、一日二十四時間体制で「清川」の透明度を守っている。五月には県外の女子高生が数人、せせらぎに侵入してコンタクトレンズを洗浄する寸前に捕まっている。七月には川の上でオニヤンマを目撃したとの情報が寄せられ、関係者がパニック状態に陥ったこともあったが、結局、デマだったことがわかった。

 「清川」。それは、オールステンレスの川底に映える「立ち入り禁止」の看板が美しい、川崎の新名所だ。

1996/9/4



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