[やゆよ記念財団] やゆよ記念財団
付属図書館 D館

 ここには1996年4月4日から1996年6月2日までに発表された15本の嘘が収録されています。



■血沸き肉躍る味

 その店は、横浜中華街の一角にある。

 土曜日の夜6時。店は家族連れで満員だ。外人客も数人見える。

 オーダーを済ませた客たちは、袖まくりした片腕を円卓の上に乗せている。

 やがてウェイトレスたちがおしぼりを運んできた。いや、おしぼりではない。アルコールをしみ込ませた脱脂綿だ。客たちが会話に興じている間に、ウェートレスが手際良く客たちの腕を次々と消毒し、点滴用の針を刺していく。

* * *

 そう、ここは知る人ぞ知る中華風点滴の老舗であり、唯一の日本赤十字社推薦の店、「血管飯店」である。代表的なメニューをいくつかご紹介させていただく。

 まずは葱爆牛肉(牛肉と葱の炒めもの)。もちろん、炒めた牛肉をそのまま血管のなかに埋め込んだのではすぐに血行障害を起こしてしまうので、料理を細かく砕いたものを生理的食塩水に混ぜ、血管の中に流し込む。点滴グルメでなくてもわかりそうなものだが、昨今のブームに便乗して素人が始めた店の中には、満漢全席のフルコースを丸ごと大動脈の中に押し込む阿漕な店もあると いうから、初心者のかたはくれぐれもご注意願いたい。

 さて、血管の中に流しこまれた葱爆牛肉であるが、ねぎの成分が毛細血管を伝わり体中に伝わっていくのがよくわかる。わかりやすい言葉で表現すれば、皮膚を剥がして筋肉と骨を直接乾布摩擦した、ともいうべき感覚である。次の瞬間、牛肉の成分が舌、いや、赤血球を包み込む。にんにく、しょうがの香りがなんとも心地よい。ふと気がつくと呑み込んだものを反すうしていたのは、肉にほんのりと残された牛の思考の影響だろうか。

 二番目の料理は百花醸蟹拑(カニのはさみのフライ)。「血管飯店」では古くから伝わる秘法により、カニの甲羅ごと粉々に砕いて点滴してくれる。そのせいか、全身のミトコンドリアをカニのはさみで軽く挟まれたような不思議な感じを覚える。柔道の最中にカニバサミをしかけられ足首を複雑骨折するのは世界のヤマシタでなくても願い下げだが、百花醸蟹拑のはクセになりそうな危険な痛みといったところだろうか。

 最後に酸辣湯をいただく。その名が示す通り、酸っぱくて辛いスープである。点滴すると酢と胡椒の成分の作用により全身のバイキンを殺すことができる。正常な赤血球や白血球も死んでしまうが、酸辣湯にはニワトリの血を固まらせたものがふんだんに入っているから心配する必要はない。寝覚めの悪い方にとくにお薦めのメニューである。

* * *

 中国語に、こんなことわざがある。

 普通のサモ・ハン・キンポーは、声で演技する
 良いサモ・ハン・キンポーは、顔で演技する
 極上のサモ・ハン・キンポーは、全身で演技する

 舌だけではなく体全身で素材の味を楽しむ中華風点滴、皆さんも是非お試しあれ。

1996/4/4



■日本人宇宙飛行士 再び宇宙へ

 日本人初の女性宇宙飛行士、斜向井千秋さんが、来年2月に再びスペースシャトルで宇宙に向かう。

 これまでNASAと宇宙飛行士は、数々の無意味な実験で世界中のお茶の間をあきれさせてきた。斜向井さんは少しだけ反省したらしく、次回のミッションでは宇宙空間におけるタマゴ立てに挑戦する。打ち上げの翌日の立春はタマゴが一年中で一番立ちやすいといわれているが、無重力状態で挑戦した人はこれまで誰もいなかった。もし成功すれば、コロンブスのタマゴ原理発見に勝るとも劣らない快挙になるだろうと、斜向井さんは瞳を輝かせる。

 とはいえ、タマゴ立てには綿密で周到な準備が必要。斜向井さんは現在、NASAの訓練センターで逆さ吊りにされ、鼻血を頭のてっぺんから垂らしながらトレーニングに励んでいる。逆さだとタマゴの尖ったほうが下に来るため、通常のタマゴ立てよりも格段に難しい。ただし宇宙空間では斜向井さんもタマゴもタマゴを立てる台も逆さになるため、これよりはやや簡単だという。

 このほか斜向井さんは、宇宙空間でも傘の上で鞠、ミカン、湯飲みなどを転がすことが可能かどうかを実験により確かめる予定。連日のトレーニングではアシスタント役のカナダ人宇宙飛行士が「いつもより多めに回しております」と流暢な日本語で説明するなど、連携プレーにも死角はなさそうだ。

1996/4/8



■9日の人声天語

 友人が喫茶店でアイスクリームサンデーを注文した。食べ終えたあとコップに残ったチェリーを見て迷っている。先月までは「食べないほうがいい」。四月からは「食べると違法」と警告しなければならなくなった。

 チェリー再利用法が四月一日から施行されている。これまで喫茶店業界で広く行われていたチェリーの再利用を明るみに出して、当局による管理を可能にするのが狙いだ。破損・腐敗したチェリーを除き、再利用が義務づけられた。食べると十万円以下の罰金、または半年以下の禁錮刑が科される。

 昨年の国内喫茶店業界でのチェリー需要は約三億個。ところが供給量はわずか百万個余り。ほとんどは繰り返し使われている計算になる。古新聞や鉄くずの回収は盛んだが、このリサイクルの優等生の存在はあまり知られていない。

 ボランティアが全国の喫茶店で監視の目を光らせたためか、全面的なリサイクルは大きな混乱もなく実施に移された。少数ながらチェリーを食べようとした客もいたようだが、ボランティアがそれまでの客の氏名、職業、病歴、保菌状況などを説明すれば、納得してもらえるケースがほとんどだという。一市民を変えるのは、やはり一市民しかいないのだなと痛感する。

 ピンクだったチェリーは、赤みを増し、茶色く朽ち果てるまでにどんな旅路を歩んで来たのか。小さな冒険物語を空想しながら食べるアイスクリームサンデーの味は、また格別である。

1996/4/9



■マルチフレックス・トレーニングマシン RGX3000

キャペーン中特別ご奉仕価格:\19,800(消費税・送料別)

 元禄三年の夏のある日、大工の熊吉は根岸にある息子の家に、もうすぐ二歳になる初孫の顔を見に行った。夕方近くになり空に灰色の雲が立ちこめたため、娘に「おとっつぁん、早く帰らないと降られちまうよ」と急かされ、仕方なく庚申塚近くにある住処に帰ることにしたのだった。

 若い娘の叫びが聞こえてきたのは、巣鴨のとげぬき地蔵の前を通りかかったときだ。

 「どなたか、お助けくださいまし。助けてぇ」

 一目で浪人とわかるいでたちの男が三人、娘を取り囲んでいる。

 「そう騒ぐな。酒を飲ませてやると言っただけではないか」

 「怒ったところがまた可愛いぞ」

 「今日はたっぷりと大人の男の味を教えてやろう」

 三人とも、したたかに酔っている。大勢の参拝客や通行人が心配そうに見ているが、浪人たちは刀を差しているから、どうすることもできない。

 娘は境内の中を逃げ回っていたが、浪人たちは三方から囲むようにして近づき、やがて娘を捕まえてしまった。三人の親分格らしき男が、娘のうなじに酒臭い口を近づけた。

 その時、どこからともなく飛んできた小石がこの浪人の後頭部を直撃した。

 「痛ぇ、誰だ」

 白目を剥いて後ろを振り返った浪人の後ろには、小柄な熊吉だけがぽつんとたたずんでいる。

 「じじい、お前か」

 熊吉は何も言わず、ただ皺だらけの顔にかすかな笑みを浮かべている。

 「じじぃ、お前に聞いているんだ」

 熊吉はなおも答えない。小石をぶつけられた浪人の目には、かすかな笑みが軽蔑に映った。

 「生意気なやつ。この場で切り捨ててくれるわ」

 浪人が刀を抜いた。刀にきらめいた夕陽の冷たさに、周囲の野次馬たちが息を飲んだ。

 「でぃやぁぁぁぁ」

 浪人は叫びながら熊吉に近づき、刀を振り下ろした。切っ先が眉間を捕らえようかというその瞬間、目にも止まらぬ素早さで浪人の傍らに身を寄せた熊吉は、右の拳で浪人の脇腹を強打した。

 屈強そうな浪人が老人の一撃だけでがっくりと倒れてしまったのには、それなりの理由がある。熊吉は前の年の春、瓦版に広告が載っていたRGX3000を通信販売で買い、誰にも気付かれることなくトレーニングを続けていたのだ。

 それを知る由もないもう一人の浪人が切り込んで来た。熊吉は毎朝五十貫×四十回のベンチプレスで極限まで鍛えた胸板の力で、自分よりも一尺は大きいこの浪人をそのまま自分の頭の上に持ち上げたかと思うと、一丈半も向こうにあった石燈篭に向かって放り投げた。空を飛んだ浪人は頭から石燈篭に当たり、石畳の上に落ちて気絶した。

 残る一人の浪人は、どうやら熊吉が並みの老人ではないと気がついたらしい。刀を上段に構えて、間合いを慎重に計っている。熊吉のほうは、構えているわけでもなく、浪人を挑発しているわけでもなく、見るからに自然体だ。そのうち、浪人には小さな熊吉の体が途方もなく大きく見えてきた。すきがない。

 突然、熊吉が皺だらけの笑みを浮かべた。すきを見つけた、と浪人は信じた。

 「たぁーっ」

 浪人が降り下ろした刀は、宙を切った。熊吉は毎日七十貫×百回のレッグエクステンションで直径一尺半にまで鍛えた大腿の力で空高く跳ね上がり、そのまま一回転して爪先で浪人の頬を蹴った。柔らかい音がした。浪人の頬の骨が粉々になったらしい。

 その時、熊吉の背後で勝ち誇ったような浪人の声が響いた。

 「じじい、よくもやってくれたな。しかしそれまでだ。これ以上歯向かったら、娘の命はないぜ」

 気絶していたはずの最初の浪人が、いつのまにか立ち上がり、脇差を娘の首に当てている。

 熊吉は微塵も慌てずに、足元の小石を一つ拾った。右手の中指と親指の間に小石をはさみ、中指の力でこれを弾いた。

 熊吉はRGX3000付属のキャンペーン期間中特別プレゼント、RGXジュニアで、暇をみては中指を鍛練していた。その中指の力で勢いよく弾かれた小石は、浪人の手首の腱を正確に捕らえ、貫通した。脇差が地面に落ちた。

 これでは到底かなわないと観念した浪人たちが、野次馬の罵声のなかを這うようにして逃げて行く。

 「ありがとうございます。ありがとうございます」

 娘が土下座して礼を言った。熊吉は何も言わず、娘を立たせた。その優しい笑顔に、三人の狼藉者に深手を負わせた男の殺気や怒気はまったく感じられない。

 「このお礼は、いつかきっと」

 何も言わずにその場を去ろうとした熊吉に、娘がすがった。

 「あの、もし。あなた様のお名前は。せめて、ご連絡の方法だけでも」

 熊吉は振り返り、小さな声でこう告げた。

 「注文専用ふりいだいやるは零一二零、一二の三五一四……」

 その時、ぽつり、ぽつりと、雨が降り出した。

 中仙道の人ごみと傘の華の中に消えて行く熊吉の逆三角形の背中を、娘はいつまでも見つめていた。

−完−

1996/4/12



■揺れる回転寿司業界

 米フォードがマツダの持ち株比率を大幅に引き上げるとのニュースが世界中を駆け巡った直後、日本回転寿司連合会(日回連)が緊急声明を発表した。

「ロータリーエンジンは回転寿司の心臓だ。今後もマツダとの協力は続ける」

 マツダは世界で唯一のロータリーエンジンのメーカー。非採算事業といわれるロータリーエンジン生産からの撤退をフォードが決断すれば、日本全国の回転寿司屋が廃業の危機に直面することになる。日回連の声明は、逆に、回転寿司業界の悩みの深さを示したものだともいえる。

 昭和三十年代まで、回転寿司の動力源には水車が使われていた。クリーンで運転コストが安い反面、馬力が小さいために回転できる寿司は五皿が限度とされていた。

 そして昭和四十年、マツダが世界で初めてロータリーエンジンの量産・実用化に成功する。震動が少なく回転数が高いロータリーエンジンは、すぐに回転寿司に応用された。これにより回転できる寿司の数は五十皿以上へと飛躍的に向上し、回転寿司は高度経済成長期を迎えた日本産業の中心的存在となった。一時は「寿司は天下の回りもの」という言葉さえ流行したほどだ。

 日回連はマツダ、ロータリークラブとともに五年前からダブルタイフーン計画を推進している。寿司の乗った皿を回転させるだけでなく、顧客を逆方向に回転させることにより、回転率と収益を倍増させるという野心的な計画だ。もしロータリーエンジンが生産停止になれば、一説には百億円とも言われる開発費を投じたこの計画が挫折するのは避けられない。

 実は、日回連は昨年あたりからロータリーエンジンの安定供給に不安を抱いていた

「昨年の夏、マツダさんから顧客回転系の動力源をロータリーエンジンからV型エンジンに変更するよう提案があった。実際に回転寿司屋のプロトタイプを作って実験してみたが、V字型に動く顧客の座標系を基準すれば、ぐるぐる回っているだけの寿司が極めて複雑な運動をしてしまい、トロもイクラもエビも全部ちらし寿司になってしまった。マツダさんの技術者なら当然分かるはずなのにと、不審には思っていた」(日回連常務理事)

 日回連では表面上、フォードおよびマツダに対してロータリーエンジンの生産継続を要求しながらも、水面下では新しい動力源を探している。なかでも注目されているのはJR総合研究所から提案のあったリニア寿司だ。これまで回転寿司は円軌道の上をぐるぐる回るのが常識だったが、リニア寿司では職人と客の間が直線的に結ばれており、寿司は時速五百キロの猛スピードで客の口の中に飛び込む。この方式なら寿司ねたの鮮度が保たれるうえ、騒音がほとんどない。二十一世紀の回転寿司として食品業界の注目を集めている。

 フォードによるマツダの経営権掌握が、回転寿司業界におけるコペルニクス的回転の契機になるかもしれない。

1996/4/15



■スミスもびっくり

 16日、東京証券取引所内で「神の見えざる手」が生きたまま捕獲された。十八世紀のイギリスの経済学者、アダム・スミスが存在を予言して以来、世界中の経済学者が探していた市場メカニズムの主役は、意外にもあっけない形で人類の前にその輪郭をあらわした。

 東証では最近、一部の銘柄が不自然な値動きを示している。早稲田大学の研究者グループは「神の見えざる手」が何らかの形で需給に手を加えていると判断し、東京都庁の野犬捕獲班とともにチャンスを狙っていた。

 しかし、野犬捕獲班が捕まえるのは見える犬に限られている。「見えない犬が見える」とある日突然言い出した超ベテラン捕獲員は、すでに退職していた。そこで研究者グループは、東証のあちこちに小麦粉をまいて、足跡ならぬ指跡がつくのをじっと待った。

 三日後、指跡が点々とコンピュータ端末に近づいていく様子が目撃された。どうやら「神の見えざる手」らしい。端末のキーボードの前で指跡が止まった瞬間、捕獲員がバケツ一杯分の小麦粉をかけた。

 「見えた!」

 白く浮き上がった手が、立会場の床を一目散に逃げて行く。バケツをかぶせて手を捕まえたのは、東証の守衛だった。

 捕獲された「神の見えざる手」は、インサイダー取引の疑いで現在東京拘置所に拘留されている。担当検事の調べに対しては中指を垂直に立てるなどかたくなな態度を崩していないが、ジャンケンや指相撲には気軽に応じているという。

 市場経済における「神の見えざる手」の役割にメスが入れられるのはこれからだ。「神の見えざる親知らず」の捜索など、課題も山積している。しかし、今回の捕獲が経済学の世界で極めて重要な意味をもっているのは言うまでもない。お手柄の守衛は今年のノーベル経済学賞の有力候補になっている。

1996/4/17



■体育会OBの店

 現代人は疲れている。長時間の通勤。激務により積み重なる精神的なストレス。胃を痛めつける大量のタバコ、酒。連日連夜の残業。そして、豚の飼料と見間違うような愛妻料理……。

 現代人が必要としているのは、充分な活力源だ。今日はそんな現代人にうってつけの力うどん専門店、「日の丸筋肉屋」をご紹介しよう。

 オフィスビルが立ち並ぶ丸の内の街並みに不似合いな、こじんまりとした体育館。それが「日の丸筋肉屋」である。平日の昼休み、観客席には日本経済の中枢で働く多くの企業戦士たちがエネルギーを補給すべく詰め掛け、自分の注文した力うどんが作られていく様子を見下ろしている。

 体育館中央部には土俵があり、まわしをつけた大男が先程からシコを踏んでいる。頭の高さにまで爪先を上げ、観客席にまで衝撃が伝わるほどの勢いで踏み下ろす。しかし、この大男が踏みつけたのは土俵ではない。力うどんに使われる餅である。大男は日の丸体育大学の相撲部OB(元学生横綱)。渾身の力で突かれた餅には、機械突きの餅には望むべくもないほどのエネルギーが蓄えられている。

 土俵の向正面側に敷き詰めてある畳の上では、日の丸体育大学の柔道部OB(元正力杯優勝者)が麺の生地と格闘している。最初は大人の背丈ほどもあった巨大な生地が、大外刈り、巴投げ、一本背負いなどの技をかけられるうちにどんどん細く、長くなっていく。素人目にはそろそろかなと思えるころ、近くで見ていたコーチらしき人から「まだまだ」との掛け声。こうでなければ、コシの強い麺に鍛えあげることはできない。思わず、心のなかで「頑張れ」と生地を応援してしまう。

 30分後、麺が巨大な鍋に入れられた。ところが、鍋の中の熱湯と麺をかき混ぜるべき人が見当たらない。これでは麺がからまってしまう、という心配は杞憂だった。突然、沸き立つ湯から美しく長い足が突き出した。鍋の中では日の丸体育大学シンクロナイズドスイミング部OG(元水中バレエプリマドンナ)が、優雅に両手を動かして水流を起こし、麺がからまないように気を配っていたのだった。

 ゆで上がった麺とシコ突きの終わった餅はつゆの入ったどんぶりによそわれて、最終段階へと進む。体育館の一角に、周囲より一段高い区画がある。光り輝く金の仏像と梵鐘。まるでお寺のようだ。石畳が敷かれた境内らしき場所では、袈裟を来た少林寺拳法部OBの僧侶が十数人、車座になって小声で読経している。

 どんぶりが車座の中央に置かれた瞬間、男たちの声が大きくなった。

「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏……」

 ブッダの聖なる力が空間に存在する「気」を呼び集めたのだろうか。四方八方からまばゆい光がどんぶりの中へと注ぎ込む。

 「喝!」

 叫びとともに、どんぶりが宙に浮きあがった。「気」のエネルギーで持ち上げられたどんぶりは、そのまま観客席まで運ばれてきた。両手を伸ばしてどんぶりを受けとろうとしたら、こめかみに青筋を浮かべた僧侶の一人に、この世のものとは思えない恐ろしい形相でこう注意された。

 「お…き…ゃ…く…さ…ん、 あ…つ…い…で…す…よ」

 さて、日の丸体育大学のOBとOGが総力を結集して完成させた力うどんには、1杯につき1キログラムのウラン235と同様のエネルギーが含まれているのだが、食べてみると意外なほどのあっさり味だった。関東の味になじめなくて悩んでいる関西出身の方でも、抵抗なく食べることができるだろう。ただし、体内の原子が激しく励起されていることは、全身の毛穴からX線が吹き出してくることからもよくわかる。

 力うどん専門店、「日の丸筋肉屋」。ガクラン姿の日の丸体育大学応援団OBが雨の日も風の日も掲げている巨大な大学旗が目印だ。

1996/4/23



■探訪 企業城下町

【愛知県豊田市】

 クルマの里、愛知県豊田市に来てまず気がつくのは、看板が日本のどの街よりも大きくて、多いということだ。

 「クラウンのボディー、150台分できました」
 「カムリのハンドル、300台分、3日の午後3時25分42秒までに持ってこい」
 「カローラのピストン4000個、間に合いません。納品2秒遅れてもいいですか?」

 10階建てのビルほどもありそうな看板に、巨大な字で連絡事項が書かれている。連絡事項は分刻みで変わるから、看板屋とペンキ屋は大忙しだ。

 これが、日本のみならず、世界の工場を変えた「かんばん方式」である。

 多種少量生産への対応が不可欠な現代の製造業では、部品在庫の圧縮がコストダウンに直結する。書類やファクシミリ、コンピュータ・ネットワークに頼ってジャスト・オン・タイムの部品納品を実現することも不可能ではないが、この方式の欠点はある工程の一つ前の段階までしか、意思が伝達されないということだ。二つ前の段階には、下流の工程がどのような出荷計画を立てているのか知る由もない。

 そこでトヨタ自動車では、グループ傘下の工場すべてに巨大な看板を設置し、この看板を使って部品の受注・発注を行わせるシステムを考え出した。これなら、最終工程がどんな部品をどれだけ要求しているのかが一目瞭然だから、最上流の部品メーカーも無駄のないスケジュールで生産できるようになる。

 こうして豊田市の巨大看板群は、日本経済の一大看板となった。雲の上に突き出た看板は、富士山と並んで、飛行機に乗った外人観光客が必ずカメラのシャッターを押す日本の典型的景色となった。

 ところが、バブル経済がはじけたあたりから、その看板が土台から揺らぎはじめた。多種少量生産が製造コスト上昇につながったという反省から車種の統廃合が行われた結果、かんばん方式に頼る必要があるのかといった疑問を抱く社員が多くなった。ワープロ全盛時代となり、味のある大きな字を看板に書ける人が少なくなったことも見逃せない。

 そこでトヨタでは、QCサークルで「いちご白書をもう一度」を合唱して生産ラインの結束力を高める「バンバン方式」や、ピアノ、オルガン、アコーディオンを演奏して指先を器用にし、さらには品質を高める「鍵盤方式」、昼食の給仕係を社員が交代で務めることによりコストを飛躍的に削減する「給食当番方式」などを次々に導入した。トヨタが不況時の需要の落ち込みをなんとか乗り切ることができたのも、「プロジェクトXバン」と呼ばれるこれらの改革によるところが大きい。

 いま、自動車業界は長い不況のトンネルから抜け出したところだ。販売台数の前年割れにはようやく歯止めがかかり、ニューモデルがヒットしたといった明るいニュースも久しぶりに伝えられるようになった。

 そんな市場の変化に対応し、トヨタでは「新かんばん方式」を採用しようとしている。これまでの看板は単に意志疎通の手段に過ぎなかったが、新かんばん方式では一歩進んで、看板をクルマの原材料の一部として採用する。たとえば、従来の方式なら「クラウンのボディー、150台分できました」と看板に文字で書いていたところを、新方式では看板の鉄板をそのままプレスしてクラウン150台分のボディーにしてしまう。これなら文字よりもわかりやすいし、看板の文字を塗り直す手間も省ける。

 さらに、特色のある看板を活かしたニューモデルの開発も進んでいる。近く発表される予定の新型スポーツカーは大阪のカニ料理屋の看板を利用した。従来車種に比べ、横方向の運動性が格段に強化されたという。

 世界の工場を大きく変えたかんばん方式。本場の豊田市で改良のための努力が続けられている限り、看板倒れになることはなさそうだ。

1996/4/30



■被害者不明列車

 JR東日本とJR北海道では6月1日から、「被害者不明列車」を毎日1往復、共同運行する。推理小説ファンに根強い人気のある列車殺人事件を実際に演じて、乗客のうち一人に死んでもらうという画期的な企画だ。

 この列車は、上野と札幌の間を往復する寝台特急。殺人事件は上野を出発してから、2日後に上野に戻ってくるまでに発生するとみられている。札幌到着後、一行が案内される登別クマ牧場、小樽水族館のトドショーが殺しの舞台になる可能性もある。価格は通常の往復料金だが、殺される人については片道料金との差額を遺族に払い戻すことにしている。

 列車には、一般の推理小説ファンや鉄道公安官のほか、謎の未亡人、その未亡人の結婚前の恋人だった運転手、運転手に散々もてあそばれたうえに捨てられた駅弁売りの娘、駅弁売りと運転手の秘密の会話をパンタグラフの物陰で聞いてしまった車掌、実はこの車掌に夫を殺された謎の未亡人などが乗り込んでおり、誰が誰に殺されてもおかしくない状態。推理小説ファンが殺されたり、犯人になる可能性もあるため、JR東日本では希望者に対して果物ナイフや青酸カリ、鈍器のようなものなど、凶器を無料で貸し出すことにしている。

 すでに座席を予約した、推理小説ファンのある女性は、「これまでに読んだ列車殺人小説は数えきれない。誰よりも早く犯人を見つけてやる。ほかの推理小説ファンに負けそうになったら、私が殺人犯になることも辞さない」と気合十分だ。

 JR東日本によれば座席の予約状況は上々。第二弾の「そして誰もいなくなった列車」の運行にむけ、無人運転の研究も順調に進んでいるという。

1996/5/5



■豪華トイレが登場

 日本航空は近く、747−400型機の国際線ファーストクラスに豪華トイレを導入する。どのエアラインも同じ機体を使っているため、差別化が難しいといわれるこの業界で、トイレに目をつけたのは日航が初めてだ。

 豪華トイレと普通のトイレの違いは、なんといっても広さである。これまではトイレに腰かけるだけで足がドアにぶつかってしまったが、豪華トイレの場合には腰かけながらでも十分に壁打ちテニスが楽しめる。しばらく壁打ちテニスをしてからでないと用が足せない人や、トイレの中でしか壁打ちテニスが楽しめない内気な人にとってはまたとない朗報であろう。

 豪華トイレは、便器、水道の蛇口、鏡など、すべてが純金でできている。トイレットペーパー、ティッシュは金箔製だ。開発の過程では便器職人ギルドが「金隠しを金でつくれるか!」と強く反発したが、日航では使用時以外は純銀製のカバーをかけ、金を隠すことでなんとか職人たちの協力を得た。

 もちろん、いまやファーストクラスでは必需品となった小型の液晶テレビも装備している。「ベンジー」「ベンハー」「ベンケーシー」など、便秘に悩む人がイメージトレーニングしやすいようにという観点から選ばれたソフトがもりだくさんだ。

 さて、この豪華トイレで「大」を済ませたあと、<ウォッシュ>ボタンを押すと、ジェット水流がお尻を洗ってくれる。さらに続けて<ドライ>ボタンを押すと、本物のジェットエンジンのタービンから引かれた高圧空気が、局部に残っている水滴をあっという間に吹き飛ばしてくれる。よりさらさらしたお尻を求める完璧主義者のために、<アフターバーナー>ボタンも用意されている。

 緊急時には局部洗浄用ノズルが180度回転し、猛烈な勢いで下方に向けて水を発射する。乗客は便器ごと射出され、パラシュートでゆっくり地上に下りてくることができる。これにより、事故後に情けない格好で発見されて遺族を必要以上に悲しませる心配がなくなった。生き恥をさらすことになるのではとの指摘もあるが、新型のパラグライダーだと説明すれば信じてもらえることもあるという。

 日航の調査によれば、ファーストクラスの乗客は大企業のエグゼクティブや資産家がほとんど。家では便所の中で経済専門紙や証券紙を読んでいる人も多い。このため豪華トイレの横には相談用の小窓が開けられており、証券会社や銀行などの専門家から財産の運用方法についてアドバイスを受けられるようになっている。世界最大のお通じ会社、日本通運がコンサルタントを機上に常駐させているのは言うまでもない。

 これまで実用性第一のトイレが常識だった旅客機に、日航が豪華トイレを持ち込んだことで、空の「便」は大きく変わりそうだ。

1996/5/6



■乳児のための五段活用トレーニングシステム 【五段であそぼ】

 赤ちゃんに初めて「パパ」「ママ」と呼んでもらったときには誰でも感動するもの。でも、いつまでも喜んでばかりはいられませんよ。お隣の赤ちゃんは、もう「パパ」「ママ」はもちろん、「パーマ」「パナマ」「バハマ」「ハマナコ」くらいは言えるかもしれません。

 人生のレースは乳児のころから始まっています。大蔵省に入るためには東大に入らなければなりません。東大に入るためには一流の高校に、一流の中学校に、一流の中学校に入るためには一流の小学校に、一流の小学校に入るためには一流の幼稚園に入らなければならないのです。

 では、一流の幼稚園に入るためにはどうすれば良いのでしょうか。親が二流、三流の場合、この悩みはとくに深刻です。

 ご安心ください。今回ご紹介する乳児のための五段活用トレーニングシステム、【五段であそぼ】さえあれば、お子さんの言語能力を一夜のうちに飛躍的に高めることができます。

 赤ちゃんが最初に話す言葉はなにか、ほとんどの場合、それは「ママ」です。しかし、これは必ずしも最良の選択肢だとはいえません。「ママ」という呼び掛けには文法が含まれていませんし、一流幼稚園から大蔵省に到るエリート・コースで、「ママ」という言葉が必要になることがあまり多くないからです。

 そこで開発されたのが、「四段跳びメソッド」。「ママ」「パパ」「ブーブ」「ワンワン」など、覚えていてもいなくてもどうでもいい幼児語を省略して、いきなり動詞の五段活用から始める画期的で革命的な日本語学習法です。

 日本語学校の学生も頭をかかえる未然形の「〜う」の形、連用形の「〜て」の形も簡単にマスターできます。さっそうと

 「ねえ、向こうのお砂場に行ってボクといっしょに遊ぼう」

と決めれば、お子様は公園デビューのその日からスーパースターです。

 【五段であそぼ】をお求めになったお母さんから、うれしいお便りが山のように寄せられています。

「飲まない」「買わない」「打たない」 未然形の特訓のおかげで、1歳3ヵ月の息子は道楽者のパパとは大違い。これで身上を潰さないで済みそうです。 大阪府 白井 恵子さん (29)

お散歩の途中で転んだ娘(1歳8ヵ月)がつぶやいた「私の屍を越えて行け....」という命令形に、この子は天才だといっそう強く確信するようになりました。 佐賀県 安藤 良子さん (21)

1歳5ヵ月の娘の口からは五段動詞があふれるように出てきます。同い年の本妻の息子まだ名詞だけ。これで将来の遺産相続もうまく行きそうです。 岡山県 沢井 美鈴さん(25)

セット内容

  1. 赤ちゃんの暮らしのTPOに合わせたビデオテープを全5巻用意しました。


  2. 一日の学習の成果が一目で分かる東大からの距離早見表

  3. 5月末までの特別キャンペーン期間中にお買い上げいただいた方に限り、上一段、下一段、か行変格、さ行変格活用トレーニングシステムの割引券を差し上げます。

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1996/5/14



■23日の人声天語

 故郷の旧友から手紙が届いた。オブラートに包まれた黒い粉。同封された便せんには「恩師の爪の垢をゆっくり味わって飲んでくれたまえ」と書いてある。同窓会を欠席した私のことを、米寿を過ぎたはずの恩師は「あいつは出来が悪かったから」ととくに心配してくれたらしい。

 東北の山村では、毎年、春から夏にかけて爪がもっともよく伸びる。人々が一年かけてためた爪の垢が収穫されるのもこの時期である。いや、恩師の黒い爪の垢には八十八年の喜びや悲しみがぎっしりと詰まっているような気がした。

 昔は日本人の生活に欠かせなかった爪の垢が、昭和四十年ころを境に忽然と姿を消した。爪が伸びていると、寄生虫の卵が指先と口を経て体の中に入ってしまうという欧米式の考えが日本に伝わったためだ。

 たしかに、寄生虫は減った。一方で、爪の垢を煎じて飲むという習慣がなくなったために、先人の伝統や経験が軽んじられるようになった。サナダ虫など一部の寄生虫は、一時は絶滅寸前に追い込まれた。日本人は衛生と引き換えに、かけがえのない大切なものを失ってしまったのではないか。

 日本人と爪の垢とのつきあいは万葉集の時代にまでさかのぼる。「水鳥の立ちの急ぎに父母の爪垢飲めず今ぞ悔しき」 突然の召集で両親の爪の垢を煎じて飲む暇もなかったことが、九州に送られた今になって改めて残念だ、という名も知れぬ防人の心情が込められた歌である。

 いま、爪の垢の価値を見直そうという動きが学界や市民グループの間に広がっている。きょう23日には東京の北区文化センターで「日本の伝統と爪の垢を守る会」が爪の垢の試飲会を開く。ラジウムに光輝くキュリー夫人の爪の垢も特別展示されるという。「サナダ虫ブリーダーの交流会」も同時開催される予定だ。

1996/5/23



■日本そろばん選手権

 26日、新潟市で「日本そろばん選手権」が開催され、地区大会を勝ち抜いたそろばんの猛者たちが技を競った。

 各部門の優勝者は次の通り。

1996/5/28



■景気、依然回復基調

 経済企画庁が28日に4月の景気動向指数を発表した。景気の現状を示す一致指数は52%と、前月を1%上回った。経済企画庁では、国内の景気が依然として回復基調にあると説明している。

 一致指数の計算要素となる数値に注目すれば、西武池袋線でのスリ平均被害金額と東京都文京区のラーメン屋「しんちゃん」におけるチャーシュー販売枚数は前月と同じだったが、板橋区役所前の寿司屋「松寿司」の特上/並受注レシオが前月よりもやや好転した。経済企画庁では最後に特上を注文した客を表彰する予定。

 景気の先行きを示す先行指数は53%と前月に引き続き50%を上回った。景気の回復は緩慢ながらも今後も続きそう。先行指数の先行きを示す先行先行指標は、前月まで5ヵ月続いていた「全然わからない」から「よくわからない」に改善された。日本経済の将来に対する不透明感がわずかながら解消されたことを示している。先行先行指標の先行きを示す先行先行先行指標は「木星と火星が重なるころ、米の国から日の本の国に巨大なビジネスチャンスが贈られるであろう」となっている。財界からは、景気予測なのか占いなのかわからないと批判的な声が上がっているが、経済企画庁の職員は「景気予測なんて所詮は当たるも八卦、当たらぬも八卦」と、割り切っているようである。

1996/5/29



■世界の屋根に響く歌声

 人はなぜ、山に登るのか。それは、そこに山があるからだ。

 では、石井次郎さんはなぜ、パンツを脱いで山に登るのか。

 「それは、パンツを持ってこなかったからだ」

 純白の雪を戴くエベレストをベースキャンプから見つめながら、石井さんはそう答えた。

 酸素ボンベ、通信機器など、科学技術に依存した登山活動に疑問を感じて、無酸素で八千メートル級の山々を目指す登山家は多いが、パンツをはかずに世界七大陸の最高峰のうち六峰を次々の制覇した石井さんの業績は、登山の歴史のなかでひときわ目映く光輝いている。その石井さんがいよいよ、パンツなしで世界最高峰・エベレストの登はんに挑む。

 パンツなし登山の難しさは、

 「それは、スースーすることだね」

 という石井さんの一言に集約されているといってよい。

 風邪をひきやすい。マタズレが起きやすくなる。ズボンを頻繁に洗濯しなければならない……。欧米の著名な登山家がこれまでパンツなし登山だけを敬遠しつづけてきたのも、これらの問題を克服するのが極めて困難なためだ。

 エベレスト山頂でパンツを着用していないことを証明する写真を撮ったあと、石井さんは「あずさ2号」を歌いながら下山することにしている。石井さんはパンツなし登山のスペシャリストであると同時に、世界七大陸の最高峰のうち六峰から、「あずさ2号」を口ずさみながら下山した男としても知られている。

 しかしなぜ、「あずさ2号」なのか。石井さんはこう答えた。

 「それは、『あずさ2号』しか知らないからだ」

 天候さえ許せば、六月二〇日ころにはヒマラヤの山々が石井さんとシェルパの美しいハーモニーに満たされることになるだろう。

1996/6/2



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